【Treasure4 奪還・下 ~うちへ帰ろう~】 1.(1)
「……なるほど。まんまと騙されたわけか」
オレンジ色の明かりに照らされた廊下で、真山晴臣が鼻筋の通った細面に冷ややかな笑みを浮かべた。
自分をかばうように前に立つ部下たちの肩を押しやると、真山は一歩、翠――怪盗ブルーに近づく。
「『捕らわれた星』か。ふざけた真似を」
ブルーの予告状を思い出したのか、吐き捨てるように真山が言う。
「恒星君を取り戻せて、さぞかし満足だろうな、翠」
「……なにか、思い違いがあるようですが」
表情の読めない顔で、翠が口を開いた。
「先ほど彼がこの建物から出たのは、人が自らの意思で自分の身を置く場所を決めるという、あるべき状態に戻っただけのこと。『満足』という表現にはあたりません」
軽く首を傾げ、言い添える。
「この国では、国民の心身の自由が保証されています。ご存じないかもしれませんが」
「……それは、皮肉のつもりか?」
真山が、銀縁眼鏡の奥の目を眇めた。
「率直な感想を述べたまでです」
冷めた目で翠が見返す。
「他者の自由を尊重する人の口から、あの状況を指して、『満足』などという言葉が出ようはずはありませんから」
忌憚のない言葉に、真山の両脇を固める部下たちの間に緊張が走る。
「……自由か」
翠から視線を外した真山が、組んだ腕の上でリズムを刻むように小さく指を動かした。
「便利な言葉だ。だが、あまりに脆い。とりわけ、果たすべき義務というものの前では」
真山が目を上げると、数メートル先の翠の顔をねめつけた。
「生まれながらにして、自分に課せられた義務。それについて、考えたことはあるか? 翠」
翠は無言で、微動だにせず相手を見返す。
「無論、真山家の後継者としての義務の話だ」
翠の答えを待たず、真山が続けた。
「私は、常に考えてきた」
真山がさらに一歩、翠に近づく。
「知っての通り、この世は平等になどできてはいない。幼いころより私は、真山家の長男として生まれたことにより、十分すぎるほどの豊かさを自分が享受していることを、強く意識してきた。同時にそれが、この真山グループを統べるという重大な義務を意味することも」
ぎらついた目で真山が続ける。
「私の舵取りひとつで、わがグループに属するすべての社員とその家族、および関係者が、ひいてはわが国の経済までもが、大きく影響を受ける。一国の経済を左右するとは、国そのものを左右するということ。その栄誉と困難を一身に背負うのが、真山家の長男たるものの務めなのだ。それがこの私の使命であり、後継者たるべき長男の慧の亡き今、二男のおまえに課せられた使命でもある」
自分の言葉に陶酔したような表情で、真山が右手をスーツの胸に当てた。上質な生地の上に置かれた節の目立たない指と、手入れの行き届いた爪。




