【Treasure3】 5.(2)
「便利屋・ブルーオーシャン」の社用車とは違う、黒くてでかい、見たこともないいかつい車種。左ハンドルで、いかついけどベンツじゃないっていったら、えーっと、○ルボ?
全然わかんねー。俺、車そんな詳しくねーし。
「恒星君は、『デイライダー』を知っているかな?」
俺の困惑に気づいたらしい新堂さんが、特徴のあるかすれた声で話し始めた。
「八十年代の、アメリカのテレビドラマなんだが。その後、確か日本でも放送され、好評を博したはずだ。その中に、人工知能を搭載した大層優秀な車が出てきてね」
その車に憧れて知人に作ってもらった特殊な車両が、今日役に立った。そんなぶっ飛んだことを言いだした新堂さんに、俺はもうどこから突っ込めばいいのかわからず、黙ってうなずく。
「まずは強度。さっきのような個人の家屋の門程度なら、正面突破したところでかすり傷もつかない強靭なボディ」
運転しながら、うっとりと話す新堂さん。いや、「正面突破」って。
「それにスピード、特に加速が素晴らしいんだ。必要に迫られれば、ジャンプや水上走行も可能。さらに、敵の襲撃に遭った際には、後部から煙幕も出せる。残念ながら、今ここでは君たちに見せられないんだが」
「……はあ」
俺は仕方なくうなずく。
よかった。煙幕とか見ないですんで、マジよかった。
「……ただしまだ、完璧とはいえない」
不意に、新堂さんが顔を曇らせた。
「単純なやりとりならば可能だが、この車にはまだ、ドラマに出てきた彼のようなウイットに富んだ会話はできないんだ。そう遠くない未来には、この課題もクリアされると思うんだが」
「……はあ」
……なにそれ? 「彼」って、もしかして車のこと? てか、ほんとに日本の公道走って怒らんないやつなの? この車。
遊び心が大渋滞っていうか。マジ理解しがたいわー、金持ちのやること。
ていうか、さすがあいつの親父さん。
俺の脳裏に、暗い地下牢に白く浮かび上がった翠の笑顔の記憶がよみがえる。
――ブルーの予告状とセバさんの手裏剣術を使って、今日の夕方、真山第一美術館で騒ぎを起こしたって話は、さっきの地下牢で翠から聞いた。いわゆる、陽動作戦ってやつ?
てか、予告状の「捕らわれた星」ってだいぶサムいんですけど。炸裂しちゃってんなー、あいつの中二病。
警察と真山の注意をそっちに引き付けておいて、その隙にハングライダーでセバさんと共に真山邸の屋上に降り立った翠は、厳重な警備体制の中、まんまと屋敷に侵入したらしい。
親父さんの教育により、護身術っていうか関節技みたいな? 接近戦の心得があるという翠は、屋敷の警備員を無力化して、俺の手錠の鍵を奪った。
その後、過去に真山の腹心として働いていた親父さんに教わった通り、屋敷の中でも一部の人にしか知られていない秘密の通路を使って、図書室から俺のいた地下牢に辿り着いて。
やつに手錠を外され自由の身になった俺は、脱出計画を聞かされて、言われるまま着てた服や靴を交換したわけだけど。
……小汚いスニーカーもそうだけど、四日目のジーンズあいつに履かすのとか、すげー抵抗あったわー。や、丸四日間履きっぱじゃなくて、寝るときはパンイチだったけども。
でも、意外と気にしないのねあいつ。そういうの。
(ワイルドかよ。あんな王子様みてーな顔して)
思い出して、俺は助手席で苦笑する。
いつも通り翠の優秀な頭脳が練り上げた脱出計画を聞いたときは、正直、どうにも気が進まなかった。あいつを身代わりにして、俺だけ車で先に逃げるなんて。
けど、あいつの、翠の声が。
その”響き”で、この作戦なら俺を取り戻して自分も無事に逃げられるって、翠が確信してるのがわかったから。
そしてなにより、あいつが心底やりたがってるのがわかったから……真山晴臣との、直接対決。
(――任せるしか、ない)
俺は、腹をくくった。
信じて、任せること。そっからしか始まらないから。チームって。




