【Treasure3】 4.
「警備の者が、鍵を奪われて倒れていたと聞き、まさかと思って来てみれば」
天井からの照明で明るくなった広い部屋の中に、冷ややかな声が響いた。
「とんだネズミだな。いったい、どうやって屋敷の中に」
東京隣県の伝統ある別荘地の一角を占める、広大な真山邸。
一階の端にある広い図書室の中央で、屈強なスーツ姿の護衛二人に囲まれた真山晴臣は、壁一面の本棚を背に、侵入者たちに向かって腕を組んで立っている。
「しかも、地下牢への古い隠し通路を使うとは。相田の入れ知恵か? ……いや、今は新堂という名前だったか」
顔に揃いのゴーグルをつけてはいるものの、片や黒装束、片や銀髪スカジャン姿という恰好で、それぞれ暖炉と窓の前で立ちすくむ翠と恒星。
「――君が翠か」
暖炉の前の黒装束の男に向かって、蓋つきの大きなデスク越しに真山が口角を上げた。
「直接会うのは初めてだな。親子の対面というには、少しばかり荒っぽいが」
「……」
無言で真山を見返す相手の顔は、大きなゴーグルで覆われていて表情がうかがえない。
そのとき突然、暗い窓の外で、耳をつんざくような破壊音がとどろいた。
明治時代に建てられた屋敷の優美なアールヌーヴォー風デザインの窓ガラスを震わせるような、あたりに響き渡る大きな音に、真山と部下たちの注意が窓の外に向けられる。
そのわずかな隙をついて、翠が身体をひねったかと思うと、部屋の中央に置かれたデスクの脚に、黒い球状の物を思いきり叩きつけた。
たちまち、室内に白煙が立ち込める。
「……これは」
目を細めてハンカチで口元を覆った真山を、左右の部下が素早く壁際に引き寄せた。真山を背に、護衛たちが煙に包まれた室内を油断なく見回す。
そのとき、
「ドアへ!」
涼しげな声が聞こえると共に、視界をさえぎる白い煙の隙間から、黒装束の男が暖炉の前から部屋の奥の窓の方へ走るのが見えた。
咄嗟にそれを追おうとする部下たちに、
「違う、あっちだ! 人質が先だ!」
真山が、反対側にあるドアを指差す。
白煙に紛れて、窓辺にいた銀髪にスカジャン姿の男が、黒装束の男とは逆に、部屋を横切り廊下につながるドアへ駆け寄るところだった。
「さっきの警備員を見ただろう。翠は危険だ。関節技を使うし、他にもどんな武装をしているかわからん。人質さえ押さえておけば、いずれやつは楽に手に入れられる」
早口で部下たちにささやく真山の視界の端で、両腕で顔と頭をかばった黒装束の男が、閉まったままの窓ガラスに飛び込んだ。
年代物のガラスと桟が、音を立てて砕け散る。庭に設けられた照明で、男が外の地面の上に転がり出たのが見えた。
と、その明かりの輪の中に、一台の車が突っ込んできた。
車寄せや車庫から離れたこの庭には、通常、車が入ってくることはない。おそらくこの車――黒っぽい色の大型のセダンは、先刻の大きな破壊音の元凶、つまり、真山邸に侵入した怪盗ブルーの仲間なのだろう。
見掛けない車種のその車は、鋭いブレーキ音を立ててターンすると黒装束の男を拾い、元来た道へと走り去った。
一方、部屋の中の真山と二人の部下は、庭の騒ぎは捨て置き、ドアをすり抜けた銀髪の男を追って廊下に飛び出していた。
凝った模様の赤褐色のカーペットが敷かれた、広い廊下。
ドアの前の壁は外部に面しており、等間隔に設けられた窓には、床のカーペットと同じ赤褐色のカーテンが掛けられている。
窓の間の壁には優美な形のランプが掛けられ、そのオレンジ色の明かりに照らされた長い廊下の先は、夜の闇に沈んでいた。
「待て!」
真山の声に、数メートル先を走っていたスカジャンの後ろ姿が立ち止まった。
振り向いた男が、落ち着いた手つきでゴーグルを額に押し上げる。
「……おまえは」
真山が絶句した。
くたびれたスニーカーに細身のジーンズ。背中に龍の刺繍の入った、光沢のある水色と白のスカジャン。
そんなチンピラ風スタイルにとどめを刺す、緩く巻いた銀髪の下、底光りする大きな瞳が現れる。
右耳に光るプラチナのピアスと、ゆっくりと弧を描くつややかな唇。
そこにいたのは、人質の恒星ではなく、彼の服を着た銀髪の翠だった。




