【Treasure3】 3.(5)
隠し扉は監視カメラの死角に入っていると翠に教えられて、俺は扉の前で、久しぶりにのびのびと全身を動かした。
うおー、背中、特に肩甲骨まわり、硬てえ。
「……おまえのそういうかっこ、新鮮だなー」
肩まわりをストレッチしながら、俺は翠に目をやる。
いつもの襟付き白シャツ姿からは想像できないぴたっとした黒の上下に、髪を覆い隠す黒のニットキャップと指ぬきグローブっていう、ザ・泥棒なスタイル。
胸元に付けたマイクに向かって小声でなにか話していた翠が、俺を振り向いてにっこり笑った。
「……驚くのは、まだ早いさ」
翠に渡されたゴーグルやら指ぬきグローブやらを身につけ、脱走ルートについて説明を受けた俺は、隠し扉からやつに続いて通路に入った。
この建物は、都内ではなく隣の県にある真山晴臣の自宅らしい。
明治時代に建てられたというでかい屋敷の、壁の間に作られている、狭くて暗い隠し通路。
真山側にバレないよう、通路内の電気はつけられないから、翠特製の賢いゴーグルちゃんが大活躍だ。
緩い上り坂になった通路を登り切ったあと、翠に言われて、俺は壁から出る前にゴーグルの暗視機能をオフにした。
翠に続いて用心しながら隠し通路の外に出ると、足がふかふかの絨毯を踏みしめる。
地下牢への隠し通路の入り口になっているらしい、絨毯敷きの真っ暗な部屋。左手にある掃き出し窓の、カーテンの隙間から入る外の光で、室内の様子がぼんやりわかる。
そこは、豪華な書斎とでも呼べばいいのか、やたら広くて本だらけの部屋だった。
たった今、俺らが出てきたのは、暖炉の脇にある隠し扉らしい。てか、本物の暖炉とか、中学のとき金持ちの同級生の家で見て以来なんですけど。
そんな、俺にとっての金持ちの象徴・リアル暖炉を背に、室内の左手はカーテンのかかった大きな窓、右手にはおそらく廊下につながるドア。そして正面の壁は、一面まるごと本棚になっている。
ドアのある右手の壁や、背後の暖炉のまわりにも、まるで隙間を埋めるように、ぎっしりと本が並べられていた。
小学生四十人くらいが余裕でフルーツバスケットできんじゃねーかってほど広い、その部屋の中央には、六角形だか八角形だかの、変わった形のでかいデスクが置かれている。ああこれ、それぞれの辺に一人ずつ座って使うのかな?
窓に近づいて分厚いカーテンを開いた翠が、俺を振り向いた。
「この部屋は、一階の端にある図書室だ。窓の向こうは庭。奥は、バラ園になっているらしい」
「……へ?」
口から、変な音が出た。
なにそれ? バラ園はともかく、図書室って普通、個人のお宅にあるもの?
言ってることが別世界すぎて、翠の言葉がいまいち頭に入ってこない。
カーテンを開いて現れたのは、レトロなインテリアのカフェみたいな、独特なデザインの掃き出し窓だった。
年季の入ってそうなガラスを、俺はみつめる。
窓の向こうの庭はかなり広いらしく、ところどころに公園みたいな明かりが灯っているのが見えた。
……えっとー。確認ですけど、ここってほんとに個人の住居?
俺に背を向け、庭のかすかな明かりを浴びながら、無言で窓の外の景色に見入っている翠。
「……じゃあ、打ち合わせ通り」
気を取り直した俺が翠に言いかけた、そのとき。
背後のドアが音を立てて開き、部屋の電気がつけられた。




