【Case1】3.逃亡は計画的に (2)
中高六年間、俺はずっとラグビーやってたんだけど。
足が速くて器用だからってことで、ポジションはずっと、花形といわれるウイングだった。実際、中等部のときは結果も出してたし。
けど、高等部に上がると、外部からスポーツ推薦のやつらが入ってきて。最初からわかってたけど、多少足が速くて運動神経に自信があっても、細くて当たり負けする俺は、フィジカルも身体能力もっていうそいつらに、まるで勝ち目がなかった。
それでも、同じ内部生の中には、身体大きくしてレギュラーつかんだやつらもいたんだ。
一方の俺は、ずっと補欠で、途中からは無茶なトレーニングがたたって、ケガばっかで練習さえできず。なのに、副部長っていう役職だけは、中等部から引き継いでて。
結局、部活が忙しくて文化祭とかでクラスのやつらとはっちゃけることもなかったくせに、肝心のラグビーは成果が出ないまま終了。俺の高校生活ってなんだったんだ、っていうのが、当時の俺の正直な気持ちだった。
秋の終わりに、部活を引退して。俺はぽっかり空いた時間で、免許取ったり、クラスのやつらとカラオケ行ったり、それまでとは違う時間をぽつぽつと過ごし始めてた。左耳にピアス開けたのも、そのころのこと。
そんな時期に、親父のことがあって。
……限界だったんだろうな、ひとことで言えば。
親父にまつわるとりあえずの手続きを終えたあと。俺は、引っ越し先を探しもせず、家で寝てばっかの生活に突入した。とにかくもう、ものごとを決める力が湧かなかった。
まわりに心配されんのは嫌だったから、高校には休まず行って、友達とも普通にしゃべって。で、家に帰ったら即朝まで寝る。食欲はなかったけど、プロテインと○ロリ―メイトでつないで。
そんな俺に声を掛けてきたのが、それまでろくに話したこともなかった、クラスメイトの翠だった――。
「翠君ってさあ、寂しがり屋だよね」
そのとき、食器を拭きながら、思いもかけないことをミーコが言い出した。
「……は?」
あやうく落としそうになった皿をギリでキャッチして、俺はミーコを見返す。
寂しがり屋? あいつが?
むしろ今まで、俺がどんなに距離詰めようとしても、ガラスどころかダイヤモンドの壁で寄せつけなかったあいつが?
たまには男同士親睦深めとくかって、お気に入りのブルーレイディスク貸そうとして、「……悪いが、ナースやキャビンアテンダントに興味はないんだ」って、真顔であいつに言われたとき。泣きそうになったからね? 俺。
混乱する俺に、
「さっきもごはんのあと、お仕事行きたくなさそうだったじゃん。翠君」
首を傾げてミーコが言う。
は? 夕飯のあと?
「……あー」
ようやく思い出して、しぶしぶ俺はうなずいた。
言われてみれば。
翠の淹れた食後の緑茶を前に、俺とミーコがいつも通りどうでもいいことでぎゃーぎゃー騒いでいたときのこと。
(お坊ちゃん育ちの翠は、夕食のあとは飲み物がないと落ち着かないらしく、食後はいつもなにか用意してくれる。ただし、コーヒーを飲めないあいつが淹れるのは緑茶か紅茶、もしくはココアだ。食後にココアって……まあ、いいけど)
俺たちのやりとりに、いつも通り向かいの席でくすくす笑っていた翠に、
「あ、翠おまえ、そろそろ打ち合わせ行く時間じゃね?」
時計を見て気づいた俺が声を掛けると、あいつは珍しい顔になった。
えーっと、なんて言えばいいのかな。
あ、あれだ。まるで、夜テレビ観てるときに、まだ宿題終わらせてないのが親にバレた子どもみたいな表情。
「翠君ってさあ、こーちんと話すとき、すごいかわいい顔で笑ってるよ? 心、開きかけてるんじゃないかな」
さらに意外なことをミーコが言う。