【Treasure3】 3.(4)
「大丈夫か? 恒星」
聞き慣れた、涼しげな声。
男が軽く頭を振って、でかいゴーグルを額に押し上げる。
暗い独房の奥に浮き上がる、端正な白い顔――翠だ。
やつに無言で手招きされた俺は、目の前の出来事に頭がまだ追いつかないまま、手錠のチェーンをめいっぱい伸ばして、ふらふらと隠し扉に近寄った。
「歩けるか? ケガは? 熱はないか? 脱水は?」
抑えた声で矢継ぎ早にたずねながら、俺がブルーの仕事で着てるのと同じ黒装束を身につけた翠が、ポケットから取り出した鍵を俺の手錠に差し込む。
「……」
驚きでまだ声の出ない俺は、翠をみつめたまま、質問すべてに無言でうなずく。
軽い音を立てて、何日ぶりかに俺の手首から金属の輪が外れた瞬間、
「……!」
俺は翠に、思いっきりハグされていた。
「――すまなかった。俺のせいで」
俺の肩に顔を埋めて、ささやく翠。
(……おっとー)
スキンシップが苦手なはずの翠に抱きつかれ、俺は驚きのあまり、目を見開いたまま軽くのけぞってしまう。
われに返って翠の背中に腕を回しながら、
「……や、そんなこと」
ねーよ、と言いかけたところで、
(……いや、あるな。そんなこと)
思い直して、俺は口をつぐんだ。
うん、まあ、ある意味こいつが原因だわ。こいつっていうか、ブルーのせいだし。今現在、俺が監禁されてんのって。
話題を変えるように、俺は翠にたずねる。
「なあ。今日って何日?」
「十七日。月曜の夜だ」
「……マジか」
俺が捕まったのって、金曜の大学終わりだったから……。
(――やば)
俺は思わず、翠の肩に両手を掛けて自分の身体から引き離した。
「……臭くない? 俺」
やっべー、四日連続同じ服かよ俺。しかも風呂抜き。冬でよかったわー、今。
手錠の外れた手を銀色の前髪に通して、匂いをかいでみたりしてる俺に、翠がシマリスみたいなでかい目を不思議そうに見開いた。
「いや、別に。むしろ、シアトルから東京に来て以来、やはりアジア系は体臭が薄いなと、常々」
「……そりゃよかった」
そういう話じゃねーのよ。
やりづらそうな俺に、翠がふと表情を曇らせる。
「もしかして、ずっと香水が使えなかったのが気になっているのか? 俺のせいで不便をかけて、本当にすまな」
「いや、普段からつけてねーし香水。知ってんだろおまえも」
どうやら匂いはセーフらしくてほっとしつつも、いつもながらの何かがずれた翠の発言に、久々に俺は脱力する。




