【Treasure3】 3.(3)
そうはいっても、翠のことだ。簡単に捕まったりはしないはず。それに今は、そばに親父さんや瀬場さんもいるし。
(でもあいつ、俺やミーコが絡むと、なんかこう激しくなるとこあるから)
真山の前で、つい無言で考え込んだ俺に(いや、ガムテのせいで、そもそもしゃべれなかったっていうのもあるけど)、
「遠くない先、あの子と交換に君は解放されることだろう。それまでの間、ここでの生活をせいぜい楽しんでくれたまえ」
言いたいことだけ言うと、真山晴臣は部下たちを連れて姿を消した。
「……くっそ!」
誰もいなくなった薄暗い地下牢で、怒りに震える手でとりあえず口のガムテをはがすと、俺は思いきりパイプベッドを蹴った。
ほんとは格子戸をがっしゃんがっしゃん蹴り上げたいところだったが、手錠のチェーンの長さが足りず、ぎりぎり届かなかった。ちっくしょ、よく考えてあんなー。
(――とりあえず、ちゃんとメシ食って、寝る)
怒りに任せて、足の届く範囲のベッドや壁をガンガン蹴りながら、俺は決心していた。
体力、筋力をキープする。翠が来たとき、一緒に逃げられるように。
あいつは、俺のことを見捨てられるような性格じゃない。悔しいけどさっき真山に言われた通り、俺の解放と引き換えに、近いうちここに来るだろう。
けど、ただでは来ないはず。あいつのことだ。何か作戦があるはずだ、絶対。
そのとき、作戦の足手まといにならないように。
……そう思って、それ以降俺は、出されたメシは残さず食って、手錠つけててもできるストレッチと筋トレして、って感じで、何日か過ごしてきたわけだけど。
ぶし、とまたひとつくしゃみが出て、俺はスカジャンの前を合わせた。
スカジャンっつっても、明るい水色と白の、あんま治安悪くないポップなデザインのやつよ? あーでも、背中に龍の刺繍は入っちゃってんな。
それにまあ、いくら治安悪くないとかいっても、この銀髪とセットだと全然説得力ねーけどなー。必殺“ムーンライトシルバー”
俺は前髪をつまんで、ひっそり苦笑する。
しっかし、ほんといつなんだろーな、今。人間の体内時計って、ほんとは二十四じゃなくて二十五時間周期なんだっけ? 気づいたら昼夜逆転とか、マジ勘弁してほしいんですけど。
まあ、ひげの感じで、そこまで日数たってないのはわかる。……あーでも俺、薄いのよねー、ひげ。
ベッドから起き上がった俺が、あごに触りながら洗面台の曇った鏡をのぞき込んだ、ちょうどそのとき。
鏡に映る背後の独房。その奥の方、ベッドの足元側の壁に、前触れもなくでかい亀裂が走るのが、俺の目に映った。
(……っえ?)
俺は振り向くと、声も出せないまま、灰色の壁に縦にまっすぐ入った裂け目を見つめる。
(うっそ。地震とかあったっけ? 今。……やばくない? これ)
逃げねーと。
でも、どうやって?
猛烈なスピードで回転し始めた俺の頭の中とは関係なく、黒々とした壁の裂け目は、見る間に大きくなっていって。
「……!」
気づいて、思わず声が出そうになって、俺は慌てて手錠の付いた手で口を押さえた。
――どうやらそこは、隠し扉になっていたらしい。
引き戸のように壁が静かにスライドすると、裂け目に見えた細く開いた隙間から、黒いニットキャップとゴーグルをつけた細身の男が、左右に目を配りながらするりと姿を現した。




