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【Treasure3】 3.(2)

 今度こそダッシュで逃げたかったけど、後ろにはあいかわらずおっさんその二がいたし、そもそも手錠はめられてて走れねーしで、俺は泣きそうになりながらさらに階段を降りる。


 そして、降りた先の地下二階には、がらんとした手前のスペースと薄暗い奥とを隔てる、まさかの鉄格子が。


 ちょっと待って? なにこれ、なんかの撮影? 

 映画のセットみたいな状況に、当然俺は混乱した。


 しかも、頑丈そうな鉄格子の先の薄暗いエリアは、よく見たらベッドとちっこい洗面台とトイレまである、ちょっとした独房になってたし。


 で、ろくに抵抗もできずあっさりとその独房に放り込まれ、手錠についたチェーンの先をトイレのパイプに取りつけられた俺は、現状の監禁生活に突入したわけだ。


「……」


 俺は薄いマットレスの上で、ためいきをつく。


 まあ、手錠は付いててもチェーンは結構長いから、慣れればそこまで不便じゃない。口のガムテも、自力ではがせたし(唇の皮むけそうで、すげー怖かった)


 食事の量は少ないけど味は意外とレベル高いし、最初に車に積まれるときに「落とされた」以外は、騒ごうが何しようが、今んとこ暴力はふるわれてない。


 メシが物足りないっていうのは、健康に気づかうお年頃であろうここんちの主に合わせたヘルシーメニューだから、二十歳の俺にはどうしてもボリュームが……なーんてわけではなくて。


 きっと、あれよね。

 しっかり食った俺に元気いっぱいになられて、逃げだそうとされると困るから。


 やべーなー。どう考えても、足りてねー気がすんのよ。たんぱく質とカロリー。

 圧倒的に運動不足でもあるし、この生活が続いて胸板薄くなっちゃったらどーしよ。ブルーのセクシー担当の俺が。


 ……とまあ、こんな感じで、腹は立つけどむちゃくちゃ暴力的ってわけでもない時間を俺は過ごしてて。


 あーでも、風呂! 風呂入りたいんだけど!


 俺は顔をしかめて、すん、と自分の肩口を嗅いでみる。


 冬だし、捕まった金曜は大学でスポーツしたわけでもねーけど、さすがに心配よ? 自分の状態。自分じゃ自分の匂いってあんまわかんないけど。


 あと、オープンすぎるトイレなー。


 俺は恨みがましい目で、独房の隅にある便器を眺める。


 この地下牢に人が来るのは、いかにも下っ端って感じの若い男が、食事を運んでくるときと皿を下げるときだけ。だからまあ今のとこ、あの便器に座ってる現場を目撃されたことはないんだけど。


 そうはいっても、どっかに監視カメラはついてんだろうし。見られちゃってんだろうなー、俺のトイレシーン……くー。


 屈辱感っつーか、心折れるっつーか。

 それにやっぱ、どうしてもしんどいわけよ。丸出しの便器のそばで、メシ食ったり寝たりすんのは。


 それと。


「……ちくしょー。ホットケーキ」


 薄暗い部屋の中で、俺はつぶやく。


 超楽しみにしてたのによー。久々の、セバさんのホットケーキ。


 金曜の朝、家を出たとき以来、誰にも連絡できていない。スマホや財布はリュックごと奪われた。


 家の人たち、みんな心配してるよなー。てか、多分気づいてるよな。俺が真山に捕まったこと。


(……あいつが、無茶してねーといいんだけど)


 俺はちょっと眉根を寄せる。


 俺を誘拐した黒幕、真山晴臣は、なんと初日にここに来た。


 ていうか、車を降りたとこから俺に張りついてた例の二人組が、手錠を便器のパイプに固定して格子戸の外に出た瞬間。それまで上で様子をうかがっていたらしい真山が颯爽と階段を降りてきて、俺の前に登場してくれちゃったわけで。


葉山はやま恒星(こうせい)君だね?」


 涼しげな、ムカつくけど翠によく似た声が、口にガムテを貼られたまま鉄格子の中で立ち尽くす俺に呼びかけた。


「私のことは知っているな? なにしろ、君たち怪盗ブルーとやらの、ターゲットらしいからな、私は」


 ネットで見た写真と同じ顔。格子戸越しに、いかにもスマートなビジネスマンって感じの真山晴臣が、俺に向かって口角を上げた。細身の身体に、高そうなスーツと銀縁眼鏡。


(――やっぱ、こいつか)


 車の中で薄々予想していた事実を突きつけられ、わかっちゃいたけど俺は衝撃を受けていた。


 そっか。あの真山にさらわれちゃってんのか、俺。……これは、なかなか逃げらんなそうだなー。


 ってことは、ここって真山んちなの? いや、真山グループの持ってる、どっかの施設? 


 って、どこ? いったい。


 俺は思わず、あたりを見回した。


 隠し階段に、映画のセットみたいなあれこれ。

 厨房の地下だけでこんなんでしょ? 都内でこんなでかい家って、あんのかなー。それに、捕まった大学のそばから、車でまあまあ走った気がするし。

 あーでも、金持ちのすることってマジわかんねーしな。


 ぐるぐる考えてる俺の前で、左右を例の二人に守られた真山が、しらじらしい笑みを浮かべて続けた。


「先ほどは少々、手荒な真似をしてしまったようだな。だが、安心してくれ。我々には、君を傷つけるつもりは一切ない。君は大事な切り札だからな、あの子を手に入れるための」


(……嘘じゃない)


 真山の声の“響き”で、俺は確信した。


 俺の耳は、言ってみれば緩い「嘘発見器」だ。疲れてたり、周囲がうるさかったりすると聞き取れないときもあるが、基本的には声の”響き”でわかってしまう。相手の嘘が。


(こいつのことは、心底気に入らねーけど)


 真山をにらみながら、俺は思った。


(こいつが今言ってんのは、嘘じゃない。本当のことだ)


 どうやら俺は、人質にされたようだった。翠を手に入れるための。



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