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【Treasure3】 2.(1)

 翌日の、十二月十七日、月曜日。

 真山第一美術館の広い敷地には、夕闇が迫っていた。


 近年、宗教の多様性への配慮から、十二月といってもクリスマス色を前面に出さない施設も多い中、この美術館の正面入口脇には、本物のモミの木を使った豪華なクリスマスツリーが飾られている。翌週にクリスマスイブを控え、建物の外壁にも様々なクリスマスの装飾が施され、薄闇の中で点滅する電飾に照らされていた。


 本来ならば、月曜日は定期休館日。だが、前日に届いた怪盗ブルーからの予告状のため、休館日にもかかわらず、館内には多くの警官が配置されて警備にあたっている。


 去年の秋、ここで開催されていた『フランス・L家秘宝展』から、一番の人気展示品だったオパール“双子の銀河”を盗み出されて以来、この真山第一美術館がブルーに狙われるのは二回目となる。警察としては、何としてでも二度目の被害は防がなければならない。


 建物の外でも、敷地内のあちこちの物陰に警官たちが潜み、不審者――ブルーの接近に備えていた。


「ほんとに来るんすかねえ? ブルー」


 美術館の正面入口から入館し、そのまま直進すると突き当たる、まるで舞台装置のような存在感のある中央階段。大理石風のマーブル模様が美しいその階段を、一階分上がったところにある踊り場で、若い男性警官が田崎警部に話し掛けた。


「この時期ですよー? どうせまた、愉快犯じゃないっすか? クリぼっち確定でヤケになった若い子とか」


 階下を眺めながら不満げに言う部下を、


「先入観は禁物だ」


 田崎警部がたしなめる。


「てか、予告状のこの、『捕らわれた星』って。なんすか? これ」


 下唇をつき出した部下が、ブルーの予告状のコピーをひらひらさせた。


「とりあえず、星が描かれてる絵とかタイトルに『星』が付いてる作品は全部、美術館側で集めて、鍵のかかる部屋にしまってもらいましたけど。どれっすかねー? ブルーが狙ってんのって」


「わからん」


「予告状の宛先もこれ、美術館の館長じゃなくて、真山グループの真山晴臣になっちゃってるし。最近露出多いからですかねえ? 真山総裁」


「わからん」


 この八月に警視庁に送りつけられた、真山総合病院の「闇カルテ」や、先月起きたばかりの真山百貨店での金のバラ盗難事件。それらを経て、ブルーと真山グループとの関係を疑問視する意見が、警察内でも徐々に支持されるようになってきたものの、若手の部下のところにはそうした情報はまだ届いていないらしい。


「えー、ちょっと警部ー。なんか今日、ノリ悪くないっすか?」


 普段より格段に口数の少ない田崎警部に、遠慮というものを知らない部下が口をとがらせた。


「いつものほら、あれやってくださいよ警部ー。『私の刑事としての勘が』ってやつー」


 若干モノマネまで入れてきた無礼な部下を、


「……まあ、そのうちにな」


 叱りつけるでもなく、どこかうわの空のまま、警部は顔をそらす。


(おかしい)


 よれよれのトレンチコートの前を合わせながら、警部はひそかに顔をしかめた。


 ついさっき部下も言っていた、自慢の「刑事の勘」。それが自分に、しきりに告げているのを田崎警部は感じていた。――この予告状は、どこか変だと。


 だが、その「どこか」とは、いったいどこなのか。

 首をひねった警部の耳に、そのとき、建物の外から大きな音が飛び込んできた。




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