【Treasure2】 3.(2)
「相手が真山なら、父さんが言った通り、警察に連絡すれば事態は悪化する。最悪の場合、恒星の生命も保証できない」
噛みしめるように言うと、
「ミーコちゃん」
翠は青白い顔で、ミーコの頭に手を置いた。
「今は、休んでおこう。……恒星を取り戻すために、俺たちは、こんなところで消耗しているわけにはいかない」
翌日の土曜日。手早く朝食をすませた翠たち四人は、ソファでテレビの人気情報番組を観ていた。
ゲストは、昨夜急にこの番組にゲスト出演が決まったという真山晴臣。表舞台にあまり姿を現さない彼が、先月の真山百貨店創業百周年インタビューに続き、今度はテレビに生出演するということで、早朝のこの番組のことはネットニュースでもさかんに取り上げられていた。
「『異なる価値観を持った相手との取引について』ですか?」
四人の前の大きな画面では、司会者からの質問に真山が苦笑している。
華やかさはないが端正な顔に、ひと目でわかる上質なスーツ。背筋を伸ばして穏やかに話す真山の姿には、硬質だがどこか人を惹きつけるものがあった。涼しげな声は、翠に似ている。
「ざっくりした質問で申し訳ありませんがね、総裁」
親しみやすいキャラクターで人気のある、レギュラー出演者の経済アナリストが早口で言った。
「修羅場を何度も潜り抜けてこられたであろう、かの真山グループの総裁から、この番組をご覧になってるビジネスパーソンたちへ、今後のヒントになるようなお話を伺えたらと、こう思うわけですよ」
真摯な表情で真山がうなずく。
「そうですね……たとえば、価格とは別の次元の問題について。こちらの欲しいものを、通常の交渉では相手が譲ってくれないようなケースについて、お話ししましょうか」
銀縁眼鏡の奥で細められた真山の目が、鈍く光った。
「我々なら、まずは相手の欲しがる物、あるいは、大切な物を押さえますね、そうした場合。もちろん、優先順位に従ってですが」
「と、おっしゃいますと?」
前のめりになった司会の男性アナウンサーに、真山が噛んで含めるように言う。
「たとえばここに、どんな高額を提示しても相手が譲ってくれないような、こちらの欲しい物があるとしましょう。これを仮にAとします。そのような場合、端的に言えば、我々はそのA以上に相手が価値を感じる物――仮にBとしますが――そのBが何かを探るわけです。そして、いち早くそれを手に入れる。そののち、相手にAとBの交換を提案するのです。……そうすれば、先方も我々も、互いに“より欲しい物”が手に入る」
「なるほど」
司会者が大きくうなずいた。
「つまり、取引というものは、金銭のみで行われるわけではないということでしょうか?」
「あくまで、一つの例ですがね」
真山が鷹揚に笑った。
「ははは。確かにこの場合、もしもAに対してBがあまりにも高額だったら、ビジネスとしては成立しませんからねえ」
歯に衣着せぬトークが売りの男性アナリストも、大げさに両手を広げて口を挟む。
「おっしゃる通りです。……ですが」
真山が、薄い唇の両端をつり上げた。
「この世には、値段のつけられない価値というものも存在します。そうした取引において、我々は一切、妥協しません」
真山の気迫のこもった発言に、一瞬、スタジオが静寂に包まれた。
「……これはこれは」
司会者が軽く咳払いする。
「さすが、真山グループ総裁ともなると、視点が違いますね」
スタジオが愛想笑いに包まれる中、真山がテレビカメラのレンズに向かって、不思議な笑みを浮かべる。




