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【Treasure2】 3.(1)

「――やられた」


 その夜、どうやら恒星の身に何かあったらしいと判断した翠が、最初に口にした言葉はそれだった。


「……俺のせいだ」


 リビングの三人掛けソファで唇を噛む翠を、


「……え? どういうこと? 翠君」


 隣に座ったミーコが見上げる。


 深夜二時。テレビの前のローテーブルを囲む四人は、一様に疲れた顔をしていた。


 床暖房とヒーターで快適に保たれているはずの室内は、不安と焦りがもたらすなんともいえない重苦しい雰囲気に包まれている。


 いつものように翠の正面の一人掛けソファに座った新堂の顔色も、ひどく悪く見えた。


「翠。気持ちはわかるが、悔やむのはあとだ」


 短く言うと、新堂は白い眉の下の目をミーコに移した。


「恒星君は、おそらく誘拐された。真山晴臣に」


「……!」


 ミーコが、無言で目を見開く。


「――俺が、軽率な判断をしたから」


 下を向いたまま、翠が苦しげな声を出した。


 両の膝に肘をついて手を組み、祈るような姿勢でソファに沈み込む翠に、斜め向かいの一人掛けソファから瀬場が心配そうに目をやる。


 その隣の席から、


「おまえだけじゃない。こうなることを予想していながら防げなかったのは、私も同じだ」


 新堂が静かに声を掛けた。


「……何言ってんの? ふたりとも」


 眉をひそめて翠と新堂を交互に見るミーコに、淡々と新堂が告げる。


「君たちは、手がかりを残しすぎたんだ。先日の、金のバラの事件で」


「――!」


 思いがけない指摘に、ミーコの顔が凍りついた。


「もっとも、それ以前から真山は、ブルーの正体が翠であることに気づいていたのだろう。そもそも、そうなるようにこちらが仕向けていたのだからね」


 冷静な口調で新堂が続ける。


「だが、相手は予想より早く、我々の足元まで迫っていたらしい。そして、警戒心の強い翠本人ではなく、そのバディである恒星君をターゲットにした。……率直にいえば、ミーコちゃん、君の方がずっと人質向きではあるが、ひとりでは滅多に外出しない君より、ほぼ決まったスケジュールで通学する恒星君の方が狙いやすかったんだろう」


「じゃあ、警察に」


 反射的に言いかけたミーコに、


「よした方がいい」


 新堂が首を振った。


「今のところは、恒星君の身に危険はないはずだ。真山は無駄なことはしない。最初から殺すつもりなら、さらったりせずその場で始末しただろうし、その場合、遺体はとうに発見されているだろう。我々への見せしめにするために」


「……そんな」


 淡々と告げられる残酷な内容に、ミーコが絶句する。


「幸いにしてそうでない以上、現時点ではむしろ、警察に通報することで相手を刺激する方が危ない」


 そこで新堂は言葉を切ると、


「それからね、ミーコちゃん」


 わずかに表情を緩めた。


「恒星君の身の安全を示す要素が、もうひとつある。……若く、運動能力が高くて機転のきく、大柄な成人男性。どれも、人質にするには厄介な資質だとは思わないかい? やつらはそんな恒星君を、わざわざ手間をかけて捕らえたんだ。何らかの目的で。ならば、その目的が果たされるまでは、彼は無事でいるはずだ」


 ローテーブルの向こうから、新堂の明るい茶色の瞳に顔をのぞき込まれて、ミーコがゆっくりとうなずいた。


「さて」


 新堂が、壁の時計に目をやる。


「心配だろうが、今日はもう寝た方がいい。おそらく明日、何らかの形で、真山は我々に接触してくるだろう。それまで、ふたりともできるだけ身体を休めておきなさい」


 そう言って、瀬場に支えられながらゆっくり立ち上がると、新堂は瀬場と共にリビングを出ていった。


 ソファに残されたミーコと翠から、こんなときでも落ち着いたリズムを刻む新堂の杖の音が遠ざかっていく。


 静まり返った部屋の中で、


「……いいのかな、ほんとに」


 ミーコが、ぽつりとつぶやいた。


「ねえ翠君、ほんとにいいと思う? 警察に連絡しなくて。こーちんのこと」


 ミーコがソファの上で勢いよく身体をひねると、翠の顔を見上げる。


「――父さんの、言った通りだと思う」


 ようやく顔を上げた翠が、辛そうな表情でこたえた。


「ミーコちゃん。現状を、もう一度整理するよ?」


 翠が、ミーコの顔をのぞき込む。


「こんな時間まで、俺たちに連絡もなく外を出歩くなんて、恒星の性格からいってありえない。つまり彼はなにか、スマートフォンや公衆電話が使えず、家にも帰れないような状況に――トラブルに巻き込まれている。そして、その相手が真山以外の、たとえば事故や、対人トラブルだったなら。今ごろ俺たちのところには、警察から連絡が来ているはずだ」


「……そっか」


 俯いたミーコが、そっと自分の肩を抱いた。



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