【Treasure2】 2.
「もー、信じらんない! こーちんのバカ」
三日後の金曜日。
ホットケーキの大皿を前に、ミーコは盛大にむくれていた。
時刻は午後四時。瀬場が用意してくれるいつものおやつの時刻を、一時間ほど過ぎている。
広いリビング・ダイニングの南側、レースのカーテンの奥では、瀬場に磨き上げられた掃き出し窓のガラスがびっしりと水滴をまとっていた。
その向こうで冬の風に揺れる、葉の落ちた庭木の枝たち。
「スマホの電源切りっぱって、どーゆーこと? 一時間も待ったのに、連絡もなしでさー」
文句を言いながらも、銀のナイフとフォークでホットケーキを口に運ぶ手は止まらない。ツインテールの下の両の頬は、ヒマワリの種を頬に詰め込んだハムスター並みにふくらんでいる。
イチゴにラズベリーにブラックベリー。今日のトッピングは、三種のベリーと生クリームにチョコレートクリームだ。バターとハチミツ、それにバニラアイスが添えられているのは、言うまでもない。
「ねーセバさん。こーちんさあ、今日は家でおやつ食べれるって、ウキウキだったよね? 午後の授業が休講になったって。セバさんがホットケーキ作るって言ったら、焼きたてのやつ一緒に食べるから絶対待ってろってあたしに言ったじゃんねー?」
「……さようでございますね」
困ったように、細い目をさらに細めた瀬場が、紅茶のポットを軽く持ち上げてみせた。
「……ミルクティーのおかわりはいかがですか? ミーコ様」
「ありがとセバさん!」
一瞬機嫌を直しかけたミーコだったが、
「……てか、連絡なしで遅れるとか、マジ最悪なんだけど。なにあの筋肉担当!」
思い出して、両手でナイフとフォークを握りしめたまま、また口をへの字にする。
ミーコの言う通り、恒星は朝食の席で、今日は早めに大学から戻ると宣言していた。おやつの時間に間に合うように帰るからと、瀬場の作るホットケーキを楽しみにしていたのも事実だ。
なのに、約束の三時を過ぎても帰らないばかりか、通話アプリでメッセージを送っても既読がつかず、スマートフォンに電話をかければ電源が入っていない。
「いいよもう。せっかくの焼きたてなんだし、美味しいうちに食べる! こーちんの分は、帰ってきてからあっため直せばいいよね?」
「はい」
ぷんぷん怒りながらも、器用にホットケーキを口に詰め込むミーコに、瀬場がうなずく。
だがその日、日付が変わるころになっても、恒星は帰宅しなかった。




