【Treasure2 捕らわれた星 ~主人公はいつもヒーロー、ってわけでもない~】 1.(1)
「……だあれ?」
幼い子どもの声。
(――また、この夢か)
翠は、目の前の小さな男の子の姿を眺めた。
白っぽい真冬の空の下。写真で見た幼い自分とそっくりの、白い頬と形のいい眉に、黒目がちな大きな瞳。
でもこれは、
(――俺じゃない)
小さいながらぴたりとサイズの合った、上質なコートと靴。見るからに裕福な家で育てられていることがわかる、品のいい仕草の少年を前に、翠は確信する。
目の前にいるのは、真山晴臣の長男、慧だ。自分が父や瀬場と共に逃亡した翌年、わずか六歳で亡くなったという少年。
……当初の計画通り、自分の心臓を移植していれば、自分のかわりに今も生きていたはずの「兄」
「……泣いてるの?」
翠の顔をのぞき込んで、穏やかな声で慧がたずねる。
(鏡でも見られたら、いいんだがな)
幼い彼より、さらに幼いらしい自分。この夢の中の自分はいったい何歳なのだろうと、これまでに何度も思ったことを翠はまた思う。
そんな翠の意識とは関係なく、夢はいつも通り進んでいく。
「母さんがいない」
翠の口から、あどけない声が出た。
「母さんが、いない。お誕生日なのに」
「――そうなの? それじゃあ」
笑顔でなにか言いかけた少年の姿は目の前にあるのに、声だけ急に聞こえなくなるのもこれまでと同じ。
……だが、今日の夢は、その先がいつものそれとは異なっていた。
翠を安心させようとするように、明るい笑みをたたえていた男の子の表情が、翠の目の前で突然、悲しげなものに変わる。
(――え?)
予想外の出来事に目を見開いた翠の前で、少年――慧が、いつもの夢とは違った様子で、大きく口を動かし始めた。
どうやら彼は、翠になにかを伝えようとしているようだ。
届かない声に苛立ちながら、翠は彼の口の動きを注視した。
不思議なことに、目の前の慧も、自分の声が翠に聞こえていないことはわかっているらしい。真剣な目で、意図的に大きくゆっくり口を動かし、なにか短い単語をこちらに伝えようとしているように見える。
(――全部で四文字? 最初の母音は、O……)
慧の口元に目を凝らす翠の前で、そのとき突然、これまでの夢と同じように場面が変わった。
懸命になにか伝えようとしていた慧の姿はかき消され、真っ赤に燃える炎が翠の目の前に現れる。
恐ろしい形相の白い「鬼」たちが現れると、両の腕で翠を抱いて逃げた母が途中で倒れ込み、腕の中の息子を前へと投げ出した。
支えを失った翠の身体は、暗闇の中をどこまでも落下していき――。
「……っ」
自分の部屋のベッドの中、翠はこの夢のあとはいつもそうであるように、頬を涙で濡らして目を覚ました。
ブラインドの隙間から入ってくる冬の朝の弱い光の中、白いシーツの上でゆっくりと起き上がる。
「……」
夢見の悪さに眉間を指で押さえながら、翠は夢で見たあの少年の唇の動きを思い出そうとした。
縦に大きく開いた一文字目と、それに続く三文字、あれは――。
「……『ごめんね』?」
額に手を当て、翠はベッドの上でかすかに首をひねった。




