【Treasure1】 4.
数日たった、月曜日の午後。
曇り空の下、予定通り翠の父親とセバさんが、シアトルの家から帰ってきた。
「セバさーん!」
玄関のドアを開けたミーコが、躊躇なくセバさんに抱き着く。
「ははは。熱烈歓迎だな」
思わず固まったセバさんの隣で、翠の親父さんが楽しそうに声をあげた。
翠の父親というより祖父といわれた方がしっくりくる、しわやシミの目立つ日に焼けた顔。白い髪と特徴のあるかすれた声に、室内でも手放さない、右手に握ったいつもの杖。
およそ四か月ぶりに目にしたその姿に、俺は内心眉をひそめた。
(なんか、体調悪い? 新堂さん)
日に焼けているせいでわかりにくいが、しわの多い精悍な顔は、八月にシアトルへ発ったときに比べて血色がよくない気がする。もうすぐ六十九という年齢を考えれば、長時間のフライトで疲れているのは理解できるが、気をつけて見ているとちょっと動くのもひどく怠そうなのがわかった。
みんなでリビングのソファに落ち着くと、さっそくセバさんが紅茶を淹れてくれた。
「うんまー!」
「思い出したー! これだよね、これー!」
三人掛けの「人をダメにするソファ」に並んで座る、翠と俺とミーコ。久々の絶品紅茶の香りとコクにもだえる俺とミーコの前に、セバさんがすかさずお土産のチョコやクッキーを広げる。
「いただきまーす!」
ローテーブルの上のお菓子の山に、俺の右隣からミーコが光の速さで手を伸ばすのを、左隣の翠がぎょっとしたように見た。
気持ちはわかるけど、いい加減慣れなさいね、おまえも。この野良JKの、底なしの食欲に。
お茶を出し終えたセバさんが、ミーコの正面の一人掛けソファに腰を降ろす。
と、その隣の、翠の正面のソファに座っていた親父さんが、鞄の中から様々な包みを取り出し始めた。
「これはミーコちゃんに」
派手な外国ブランドのショッピングバッグ。どうやら、お土産第二弾らしい。ありがてえ。
「これは翠だな。そしてこれは」
それぞれコスメやら文具やらを受け取ったふたりに続いて、斜め向かいの俺に向かって、手のひらサイズの小箱が差し出された。
「恒星君へ。気に入ってもらえるといいんだが」
「……ありがとうございます」
なんだろう。
高そうな包装紙に、俺はちょっと緊張して包みを開ける。
「……あ」
紺色の箱の蓋を開けると、同じ色の内張り布の中央に、金色に光るピアスが一つ埋め込まれていた。
「翠のプラチナと同じデザインの、ピンクゴールドだ」
親父さんの説明に、
「すっごい、きれー!」
隣からのぞき込んできたミーコが、歓声をあげる。
反対側に座った翠が、ちらりと親父さんの顔に目をやるのが見えた。
(……やば)
俺はちょっと、言葉を失う。
小さなリング状のピアスは、名前の通りピンクがかった金色。
光沢のある表面には、よく見ると繊細なデザインが施されている。
……これってもう、アクセサリーじゃなくてジュエリーだよな。
こんな高そうなピアス、つけたことねーんだけど。「お土産」とかいって、気軽にもらっちゃっていいものなの?
「……あの、いいんですか? こんな高価そうな」
どぎまぎしながら言う俺に、
「よかったら、つけてみてくれないか?」
新堂さんが、静かに微笑んだ。
言われるまま、俺は左耳から自前の艶消しステンレスのピアスを外し、もらったばかりの華奢なゴールドの輪っかをつける。
セバさんがローテーブル越しにそっと差し出してくれた手鏡の中で、ピンクがかった金のピアスが光った。見慣れた翠のプラチナと同じ、絶妙なカーブ。
(あ、意外とはまってるかも)
さすが高級品。チンピラ通り越して宇宙人らしい俺の銀髪にも、さらっと馴染んでくれたみたいだ。
「……よかった。よく似合うよ」
ほっとしたように言うと、新堂さんはしわの目立つまぶたを静かに閉じた。
本人の意思に関係なく、自分や周囲の人間の未来の一場面が見えてしまうという、特殊な能力を宿した新堂さんの目。その明るい茶色の瞳が隠れると、小柄な身体はソファに埋もれてしまったように見える。
なぜだか俺は、そんな彼の姿から目が離せなかった。




