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【Treasure1】 3.(2)

 やたらハイスペックなくせに、謙虚とか通り越して、自己肯定感がおかしなことになっている翠。


 そのせいかどうかは知らないけど、あいつは他人の前で、自分の素を――ネガティブなとこはもちろん、気を抜いたとこも、めったに出さない。


 いや、だからって、あいつの本心がすげー邪悪かもとか思ってるわけじゃねーのよ。むしろ、年の割にはピュアなんじゃねーかと思ってるくらいだけど。


 とにかくあいつは、言葉や態度が、八割方社交辞令でできてるっていうか。人前ではいつも、穏やかな「正しい顔」で。


(――鎧なんだろうなー、あれも)


 俺は水の入ったグラスを手に、うんうんとひとりでうなずく。


 あいつの、ああいう態度。俺の、元ラグビー部のアホさには定評のある仲間たちなら、「気取ってんじゃねー」って、無理やり引っぺがそうとすんのかもしれないけど。


 気取ってるとか、わざと壁作ってるのとは、違うんだよな。きっと。


 それしか知らないっていうか、そうするしかなかったっていうか。そうやって、しのいできたんじゃん? あいつって。今までずっと。


 ふたり暮らしだった母親と、三歳で引き離されて。監禁されて、殺されかけてたところを、新堂の親父さんに助け出されて、そのあとは外国逃げ回って。


 しかも、スイスで真山に誘拐されかけた六歳のとき、知っちゃったんだよな、あいつ。自分が、長男である兄の心臓移植のための、「スペアパーツ」として生まれたこと。

 新堂の親父さんや、代理母だった母親の成海碧と、血がつながってないってことも。


 さらには、体外受精で自分を生み出した実の両親――真山夫妻が、長男のために自分を殺そうとしたくせに、その兄が死んだら今度は代わりに跡継ぎになれっつって、自分を新堂の親父さんから奪おうとしてることまで。


(……それはちょっと、ハードすぎるっしょ。まともに受け止めんのは)


 いくらしっかりした子でも。

 てか、俺なら二十歳の今でも無理だわ。


 俺は苦笑いして、ためいきをつく。


 ずっとそんな環境だったら、わかんなくてもしょうがないとは思う。他人を信頼して、心を開く感覚とか。自己肯定感とか。


(……でも、やっぱちょっと寂しいよな。正直)


 なんかさ。気持ちが、俺やミーコばっかっていうか。一方通行みたいじゃん? 翠に向かって。


 仲間なのに、俺ら。


 そのとき、俺の背後の暗闇から、


「……恒星」


 突然、聞きなれたクールな声が届いた。


「おお?!」


 俺はぎょっとして振り向く。


 予想通りそこには、暗いリビング・ダイニングの中に浮かび上がる、人形みたいな白い顔が――パジャマの上にカシミアのカーディガンをはおった、翠の姿があった。


「ちょ! びびった!」


 衝撃のあまり、ぎゅっと目をつむってスウェットの胸を押さえた俺に、


「すまない、驚かせたか?」


 しれっと言う翠。


 驚かせたか? じゃねーわ。

 マジ、足音どーなってんのよおまえ?


 それとも、もしかして俺、おまえが階段降りてくる音も聞こえないくらい、めっちゃくちゃ集中しておまえのこと考えちゃってたの? やべーなそれも。


「ココアを作るけど、おまえもいるか?」


 穏やかな笑みを浮かべて言う翠に、


「ああ、水飲んだとこだからいいわ。ありがと」


 片手で胸を押さえたまま、俺はこたえる。

 てか、そろそろ気づいて? 基本、おまえだけなのよ。この家で、そのあっまいココア自発的に飲むやつ。


「そうか」


 やかんをコンロにかけた翠が、


「……そういえば、もうすぐ父と瀬場さんが帰国する」


 マグやスプーンを用意しながら、なにげない口調で話し始めた。


「この前、電話で言われたんだ。クリスマスに帰ってくる予定が、少し早まったと。……問題ないかな?」


「あるわけねーじゃん」


 細やかすぎる翠の気遣いに、俺は苦笑する。


「もともと、親父さんの家なんだからここ。てか、ミーコ喜ぶだろうなー。セバさんに会えて」


 翠の親父さんの秘書業務のみならず、家事全般を完璧にこなす上に身体も動く、糸目のイケオジ瀬場さん。忘れもしない俺との初対面は、田崎警部に捕まりかけてた俺を、まさかのハングライダーで救出してくれたときだった。


 見た感じ俺の死んだ親父より年上の瀬場さんだが、料理の腕でも胸板の厚さでも、俺はあの人に勝てる気がしない。



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