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【Treasure1】 2.(2)

「おいー、そんなすぐ結論出すなって。こんなん、慣れよ慣れ。気持ちの問題。別に、似合ってないってわけでもねーし」


「それはそうだね」


 ぶっといポニーテールを揺らして、ミーコもうなずく。


「いきなりパーカーは、ちょっとハードル高かったかもね。翠君にはカジュアルすぎて。さ、次いこ次」


 ミーコと俺は、翠に次の服を押しつけて、風呂の隣の脱衣所へ追いやった。


「……」


 不安げな目をした翠が、脱衣場のドアの向こうに姿を消す。

 静かに閉まったドアの前で、ミーコと俺は軽く目を見合わせた。


 俺らがあいつ――翠を着せ替え人形状態にしてるのには、ちゃんとわけがある。


 俺が翠と暮らし始めたのは、去年の三月。だからこの十二月で……一年と九か月か。


 その二年弱の間、俺が見てきたあいつの服装は、基本、襟付き白シャツと黒のパンツで、たまにスーツかクラシックなジーンズ。あとは寝起きのパジャマとスポーツウェアに、風呂上がりのバスローブだけだった(ありがたいことに、バスローブの方はミーコが来て以来見かけていない)


 なまじ顔がいいのと、いつもの白シャツ黒パンツの王子様スタイルが、あまりに似合ってるせいで。

 数日前、ミーコに指摘されるまで、俺はまったく気づいてなかった。……やつには、服のセンスってもんが、まるでないっていうことに。


 どうやら、子どものころから海外を転々と逃亡生活してたせいもあって、自分で服を選ぶって経験がないらしいんだよなー、あいつ。まさかの、十九歳まで。今まで、父親や瀬場せばさんの買ってくれたものを、そのまんま着てきただけで。


 またまずいことにそれが似合っちゃってるし、本人もファッションに興味ないし、ついでにいえばそういう話するような友達もいなかったから、そのまんまここまで育っちゃったみたいで。


 ……でもまあ、一生そういうわけにもいかないっしょ?


 それに、若者たるもの、多少は冒険っていうか、流行も追っとかないと。

 とはいえこいつの場合、多少外しても、「なんちゃってイケメン」の反対で「顔で服をカバー」できちゃうから、危機感薄いんだけど。


 そんなわけでミーコと俺は、大学が休みの今日、翠のファッションの経験値を上げようと、とりあえず俺のクローゼットに並んでる服を、片っ端から着せてみてるわけなんだけど。


 待ち構えてる俺らの前で、脱衣所のドアがそろりと開いた。


「……あの」


 俺の厚手の白Tとベージュのハーフパンツを着て出てきた翠が、右手で左の肩を抱いて、なぜか恥ずかしそうに俯く。


「脇や、首が……」


 なんだろ。見た目は全然問題ないけど。


「え、きつかった? おっかしーな、そんなタイトなやつじゃ」


 言いかけた俺にかぶりを振ると、翠が訴えるような目で俺を見上げた。


「……なんだか、何も着ていないような気がする」


「……は?」


 意味がわからず、俺はぽかんと口を開ける。

 どういうこと? 着てんじゃん、服。


「えー? でも翠君、走りに行くときそういうかっこしてるよね?」


 不思議そうにミーコに指差されて、深刻な表情で翠がうなずく。


「不思議だな。ランニング用だと思えば、全く問題ないんだが。この格好で、電車に乗ったり食事をしたりすることを想像すると」


「……すると?」


 首を傾げた俺を、


「……どうにも、落ち着かなくて」


 眉をひそめて翠が見返す。


「襟と、できれば袖も手首まで、あった方が……」


「……あ、そー……」


 ミーコと俺は、思わず顔を見合わせた。


 ネクタイとか、襟の詰まった服が苦手ってやつなら、山ほど知ってるけど。

 逆に、襟がないのが苦手って、レア過ぎない?


 そういや、パジャマも全部襟付きだわ、こいつ。てかこの年で、適当なジャージとかじゃなくてちゃんとパジャマ着て寝てるっていうのも、俺的にはなかなか新鮮なんだけど。


「……それから」


 翠が、Tシャツの下のハーフパンツに目をやった。


 いつもの細め黒パンツ(全部ちょっとずつデザイン違いらしい)のかわりに履かせた、ひざ丈のハーパン。もちろん十二月っていう今の時期には寒すぎだけど、部屋の中で着てみるだけだしってことで。



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