★おまけ★ 2.昼の猫は眠い (3)
アタシのお世話をする係は、予想通りコーセーだったわ。もちろん、毎朝ごはんの時間になったら起こしに行ってやったわよ。シュージと違ってコーセーは、お顔をふんふんしたり前足でぺちぺちするだけで起きたから、飛び蹴りはしなくてすんだけども。
コーセーといいシュージといい、ほんと、世話が焼けるんだから。早起きだったバーチャンを見習ってほしいわ。もしくはモモカさんみたく、前の夜のごはんを多めにお皿に出しとくとかね。
そういえば、今住んでるここと同じで、コーセーたちのおうちも、階段上がったとこにみんなのお部屋があったわねー。
……でもあいつ、コーセーったら。あんな猫好きに見えて、なかなか油断ならないのよね。
ふと、恐ろしい記憶がよみがえって、
「……」
アタシはシュージの机の上で、背中をびくっとさせた。
びくっとしたあと、なんにもない壁を見つめるアタシの姿に、
「うおお! 何? フーちゃん」
なぜかシュージが「ご本」を取り落とす。
「何見えてんの? 怖えー」
ぶつぶつ言ってるシュージを無視して、アタシは思い出し怒りにぶんっとしっぽを振った。
(だって!)
シャンプーされたのよ? アタシ。あのおうちの、でっかいお風呂場で。
信じられる? 来たばっかの、それも自分より大人のお客様に、いきなりシャンプーですって。有無を言わさず。
ありえないわよねー! まったく。
開いたままのお風呂のドアのそばで心配そうにこっちを見てたミーコと、そのお隣で、ぱっちりしたお目目を見開いて固まってたスイ。
そんなあの子たちの見守る中。コーセーったら、広ーいお風呂でアタシのことざぶざぶシャンプーしやがったのよ!
ほんっと、許せないわよねー。あいつったら、なんだと思ってるのかしら? 妙齢のメス猫のこと。
……でも、あれなのよ。
うまいのよ、あいつ。
思い出して、ふん、とアタシは鼻から息を吐く。
あのときは、バーチャンちと違ってあんまり広いお風呂だったもんだから、コーセーに抱っこされて中に入ったアタシは、「あら、どこかしら? ここ」なーんてのんきにあたりを見回したりしてたのよ。
その間にあいつは、さささ、ってアタシの全身にブラッシングして。またそれが、絶妙に気持ちよかったりしてねー。
で、すっかりリラックスしてたアタシは、じゃーって突然落っこちてきたお湯に、度肝を抜かれたわけだけど。
やられたわよねー。油断してたわー。
けど、コーセーったら、アタシがびっくりしてる間に、しゃしゃしゃって頭からしっぽまで素早くびっしょりにして。
そのあとすぐさま、バーチャンちでも使ってたシャンプーで泡々《あわあわ》にして、でも、お顔はちゃんと守ってくれて。
そんでまたすぐびっしょりにしたら、「やだー! やめてよー!」ってアタシが騒いでる間に、ふかふかタオルですっぽりくるんでくれたの。
「ゴー!」って怖い音がするドライヤーは嫌だったけど、フクモト先生みたいなおっきな手で抱っこされて、「おー、美人になったなー」とか言われながらなでなでされるのは、案外悪くなかったわ。
もちろん、終わったらすぐに○ゅーるもらって、そのあとは精神の安定を得るため、眠くなるまでおもちゃで遊んだけどね。
思い返すとなんだか照れくさくなって、アタシはしっぽをぱたんぱたんさせる。
あとね。コーセーってね、変なのよ。
普段は、「もしかしてこの子、お目目がまだ開ききってないのかしら?」ってくらいの赤ちゃん猫みたいなお目目で、むーって怒ってるみたいな顔してるくせに。
最近ではアタシの顔見ると、「フーちゃーん」って急に声が高くなるの。
それも、変な言い方になるのよ。「かわいいでちゅねー」とか。
何なのかしらね? あれ。
もしかして、赤ちゃん猫扱いされてるのかしら? アタシ。
ここらで、大人のメス猫に対する相応の態度ってものを、びしっと教えてやった方がいいのかしら?
……まあ、抱っこもなでなでも気持ちいいから、ついどうでもよくなっちゃうんだけど。
そうなの。猫って、細かいことは気にしないものなのよ。
それから、コーセーの仲間っていえば、あの子もいるわね。
えっと、コーセーとよく似たサイズで、同じオスの……スイ。
白いお顔を思い出して、アタシは首を傾げる。
スイは、ねー。なんでもひとりでさっさとやっちゃう、しっかりした子に見えるけど。
あの子はあの子で、よくわかんないとこあるのよねー。
基本的に、静か。声も動きも優雅で、猫好みよ。
でもちょっと、元気が足りない感じもするわねー。若猫、じゃない、若い人間にしては。
妙齢のメス猫としては、ひとこと言いたくなるっていうか。「ちょっと、そこの若者。しっかりしなさいよ」って。あ、しっかりっていうのは、シュージとはまた別の意味でよ?
それとー。
すっごい、遠慮してる感じなのよねー。スイったら、アタシに。
うん、基本的には嫌いじゃないんだけど。そういうの。
猫って、個人行動が基本だから。構われすぎっていうか、べたべたされるのは苦手なのよ。基本的には。
でもほら、アタシは、抱っこされたりかわいいってされたいタイプの猫だから。
物足りないっちゃー物足りないのよね、正直。スイのそういう、いつまでも縮まらない距離感みたいなのは。
猫だって、いろいろなのよね。その辺は。
(って、何の話だったかしら? これ)
はっとして、アタシはシュギョー中のシュージに目をやった。
目を閉じてぶつぶつ言ってるシュージを眺めながら、アタシは手持ち無沙汰に、前足をがじがじしてみる。
うふふ。やあねー、困っちゃう。
猫ってほんと、話が迷子になりがちなのよねー。




