【Case1】2.小型で非常に勢力の強い○○○○ (5)
「はあああ!? ○クザの組長のひとり娘だとお?」
「えへへー」
大声を出す俺に、ちびっこが普通に笑い返す。向かいの席では、相変わらず無表情の翠。
信じたくもない話だが。家出JK・仙道葵は、横浜にある弱小暴力団「仙道組」組長のひとり娘だった。
「横浜っていっても、はずれにあるちっちゃい組だよ? 港の方じゃなくて」
途中で翠が出したクッキーをもぐもぐ食べながら、JKが呑気な声で言う。そこじゃねーし、問題は。
四十過ぎてできた娘を溺愛するこいつの父親は、組と愛娘の安定した将来のためにと、前々から政略結婚の手はずを整えていたそうで。この十月で十六歳になったこいつは、その結婚が嫌で家を飛び出したらしい。
「パパもママも、あたしのためって思ってるのはわかるけど。ぜんっぜん話聞いてくれないんだもん。そろそろ、十六過ぎたからはい結婚とか言って、相手のうち放り込まれそうで、逃げなきゃヤバいと思って」
なにそれ、ほんとに平成の話?
人権とかいろいろアレすぎる話に、俺は慄く。
そりゃ、親にしてみりゃ、そういう家に生まれた以上、娘が将来跡目争いとかに巻き込まれないよう、しっかりした相手に守らせたいのかもしんねーけど。
「あ、でもさ。おまえ、めちゃめちゃ運いいんだろ?」
ふと思い出して俺は言った。
「そのまま家いても、そのうち結婚しないですむ展開になったんじゃね?」
「それがさあ、ダメな気がしたんだよねー」
輪っか型のクッキーをかじりながら、泥棒娘が腕を組む。
すっかりくつろいでるけどおまえ、財布掏られたの忘れてねーからな、俺。いくら無傷でも、あれはナシだわ。
向かいの翠は相変わらず、黙ったまま俺らの話を聞いている。
「運っていうかさ、結局勘がいいんだよねあたし。それでトラブル回避してこれたみたいな。その勘でびしびし伝わってくんだけど、ヤバそうなんだって、相手の男。三十過ぎの、パパの関連会社の社長の息子なんだけど、ロリなだけじゃなくてなかなかのストーカー気質な感じでさ。余裕で監禁とかされそうで」
うお、怖え……。
ふたたび慄く俺を前に、ちっこいスリ女はにこっと笑った。
「だから東京来てみたんだー。よさそうな電車乗ったり降りたりしてたら、ちょうど怪盗ブルーに会えるなんて、やっぱあたし持ってるー」
「うるせーわ。おまえなんか会ったんじゃなくて、腹すかしてフラフラしてたの拾っただけだろ。恩を仇で返しやがって」
あまりにも屈託なく言われて、腹が立った俺は思いきり突き放す。
「えー、なにそれひどい」
スリ女がふくれた。
「会ったばっかでおまえとか呼ぶのありえなくない? そこは『葵ちゃん』でしょ」
「そっちかよ! 拾ったくだりはスルーかよ!」
「だよねだよね。こんな美少女に、野良猫みたいな言い方とか」
「うっせーわ。おまえなんか野良猫レベルだわ。野良猫のミーコだわ」
「えーなにそれ、かわいくない? 『ミーコ』」
「いいのかよ!」
ほっとくと永遠にくだらないやりとりを続けそうだった俺たちに、そのときようやく翠が口を挟んだ。
「……スリと勘、それだけでここに辿り着いたわけか。たいしたものだね、確かに」
出ました、腹ん中の見えない王子様スマイル。
俺は内心拍手喝采する。
そうそう、にっこりばっさり言っちゃってくださいよ大家さん。このずうずうしい家出娘に。
「それで君は、これからどうしたいの? ミーコちゃん」
優しげに続けた翠に、
(……は?)
俺は一瞬、頭の中が“無”になった。
ちょっと。翠おまえ、大家さん? なに言い出すのいったい?




