★おまけ★ 1.朝の猫は早い (4)
シュージったらしょっちゅう、
「玉ねぎの幅はもっと揃えて」
とか、
「にんじんは、もうちょっと火を通して」
とか、パパさんママさんに言われてるわ。
シュギョーって難しいのね、きっと。
まあ、アタシは人間のごはんには興味ないから、正直なとこ、どうでもいいっちゃーどうでもいいんだけど。そのシュギョーは。
昔、バーチャンにしっかり教わったのよね。
人間の食べ物は、猫にはよくないものがいっぱい入ってて、うっかり食べると具合が悪くなっちゃうんですって。
そりゃまあ、具合が悪くなったらフクモト先生に治してもらうって手もあるけど。避けられるもんなら、やっぱ避けたいじゃない? そういうの。
「フーちゃんはおりこうさんだね」
バーチャンはいつもそう言って、アタシのことを撫でてくれた。
アタシが物心ついたときにはもう、バーチャンはお年寄りだったの。アタシの頭やあちこちをなでなでするのも、お話するのも歩くのも、全部がゆっくりだったわ。
あの古くて広い木のおうちで、バーチャンと静かにゆっくり過ごす時間が、アタシは大好きだった。
でも、そんなバーチャンは、動くのがもっともっとゆっくりになってきて。肩とかお膝とか、動くたびにあちこちさするようになって。
「ごめんね、フーちゃん。施設には、猫は連れていけないんだって」
ある日、悲しそうな顔で言われたわ。
「親切な団体がみつかって、ほんとによかった。新しい飼い主さんにも、きっとかわいがってもらえるからね。フーちゃんなら」
って。
シセツって、ダンタイって、何かしらね?
わかんないけど、つまりお別れだったのね。バーチャンとは。
寂しかったけど、そのときはもう大人猫だったから、アタシはちゃんと理解したの。
もともと、猫ってひとりで生きてく生き物だしね。
そんなわけでそのとき、独立しなきゃって思ったのよ。アタシ。
そのときっていっても、あれっていつだったかしらね?
えーとえーと、この前の、セミがジュージュー鳴いてた暑いときより、もっと前。寒ーいときだったわ、確か。
幸い、バーチャンちのそばには大きな木もたくさん生えてたし、ちょうどいい草むらやお水のある公園もあったの。おうちの窓から眺めたり、お庭に来た野良猫のお兄さんお姉さんから話を聞いたりして、ちょっとだけ知ってたのよね、アタシ。
そんなこんなで、あの寒ーいころ。「お正月」が過ぎて、バーチャンのおうちに知らない人や段ボールが来て、なんだか落ち着かない日々が続いた、ある日の夕暮れどき。
思いきって、アタシはおうちを出たのよ。
「さよなら、バーチャン。今までありがとね」
お耳の遠くなったバーチャンの後ろ姿に、こっそり声をかけて。
……だけど。
初めて、自分の足で外の世界に出てみたら。
誤算っていうか、思ってたのとちょっと違って。すごーく困ったことがあったのよ。
……めっちゃくちゃ、寒かったのよねー。お外って。
あのバーチャンのおうちも、今のパパさんママさんのおうちに比べたら、寒い場所はいっぱいあったけど。
あのころのお外は、それはもう、びっくりするくらい寒かったのよ。道のはしっこに、「雪」っていうのがあったりして。
ユキって不思議ね。窓から眺めてたときはちっちゃくてひらひらしてたのに、朝になったらお庭全部ユキになってて、お日様がぽかぽかすると、縮んでお水になって。縮まないで暗いとこに残ったやつは、冷たくて硬くて、でもそれもだんだんお水になるのね。
おうちから飛び出してすぐは、お外の世界にわくわくして、あちこち嗅ぎまわったり、物陰から物陰にさささって動いたりしてたアタシだったけど。しばらくすると、あまりの寒さに、なんだか身体が重たーくなってきて。




