【Case3】4.秘密 (3)
「おっやつー、おっやつー、ラララのラー」
弾む足取りのミーコに続いて、翠は恒星と並んで、ダイニングのある一階へ向かう。
階段に続く廊下を歩きながら、
「……なあ」
恒星が、隣の翠にちらりと目をやった。
「俺、考えたんだけど。こないだの『エドセブ』の話」
「……ああ」
数日前に三人で暇つぶしに話した、マンガ『エドレンジャー・セブン』の話か。
とうに終わった話題をふたたび持ち出されて、面食らいながらも翠はうなずく。
確か、あのときのテーマは、あの作品の中のキャラクターになるなら誰がいいかという、他愛のないもので。
恒星は主役の「信さん」を、自分は、これまでに仲間を失っていない宇宙生物の「アリー」を選んだはずだ。
「信さんとか、サクラってさー」
恒星が、翠の顔を見ないまま続ける。
「確かに、仲間や家族を失ってるけど。おまえが言った通り」
目尻の少し垂れた、真っ黒な奥二重の目。その目を伏せて、恒星が言った。
「――新しい仲間も、できてんじゃん?」
「……」
思わぬ言葉に、翠の目がまるくなる。
「そんで、今度はちゃんと守れてんだろ? 新しい仲間」
恒星が、ようやく翠の顔をのぞき込んだ。
「それって、最強じゃね?」
にっと細められた目に、
「……そうだな。最強だ」
どこかぼんやりした表情で、翠がうなずく。
「強いな、信さんは」
小さく笑い返すと、恒星が嬉しそうにうなずいた。
そのまま口を開きかけた彼の顔から素早く目をそらし、翠はまだなにか言いたげな恒星を残して足早に階段を降りた。
(――そして、おまえも。恒星)
無表情に歩を進めながら、翠は思う。
傷ついても、しくじっても。何度だって立ち上がって、まっすぐな目で笑って。
恒星は、強い。
それは、隣で見ていて憧れずにはいられないほど。
――できることなら自分も。そんな風に、前だけ見て、明るい方へ進んでいきたかったけれど。
誰かを憎まなければ――母の仇を討つという、明確なビジョンがなければ。
自分にはとても、耐えられそうにない。失ったものたちの重さに。
開いたままのドアを抜けてリビングに入ると、つややかなポニーテールを揺らしてミーコが振り返った。
「今日のおやつはね、翠君。なんと、ホットケーキでーす!」
翠に続いてリビングに入ってきた恒星が、
「わたくし葉山恒星、セバさん秘伝のレシピにチャレンジします!」
カウンターキッチンの入口で、片手を挙げて宣言する。
どうやら、もの言いたげだったさっきの態度は、切り替えることにしたらしい。
「それは、楽しみだな」
ダークブラウンのダイニングテーブルに軽くもたれて、翠がふたりに微笑んだ。
「え、なに? セバさん秘伝? 聞いてない! てか、あたしも教わる!」
急に騒ぎ出したミーコに、
「おまえはもっと、料理の経験値上げてから」
恒星がすげなく言う。
「えー。なにそれー」
恒星のエプロンを引っ張ったまま、ミーコが口をとがらせた。
「いいもん。盗んじゃうからねー、その技!」
「うーわ。楽しみ」
鼻で笑う恒星に、
「なにこの人! めちゃめちゃ腹立つんですけど!」
ミーコがキレる。
「怪盗ブルーの実力、思い知れ!」
突然、変なポーズを決めて叫んだミーコに、
「え? ちょ、おまえ。ウケんだけど」
恒星が、手を叩いて爆笑した。
「なにそのポーズ?」
「よくない? 結構気に入ってんだけど」
なぜかドヤるミーコに、
「よくはねーなあ」
腕まくりしながら、恒星が忌憚のない感想を述べる。
そのまま、向かい合って変なポーズ対決を始めたふたりの傍らで、
「そうだね」
ひとりごとのように翠がつぶやいた。
「どんなに手を尽くしたところで、いつかは人の知るところとなるものなんだよな。秘密っていうのは」
「――え?」
微妙な表情で振り向いた恒星が、どういう意味だよ? と続けようとするのに、
「……なんてね」
ふと笑うと、翠は首を傾げて、ぱちりとお手本のようなウインクをしてみせた。
「……だからよー」
いらねーんだって。そういうの。
ぶつぶつ言いながら頭を抱えた恒星を、きょとんとした顔で翠が見返す。
「わっるー! 翠君」
楽しげなミーコの笑い声が、昼下がりの明るいリビングに響き渡った。
【 Case3 了 】




