【Case3】4.秘密 (2)
この夏、真山総合病院でブルーが騒ぎを起こした際、院内に保存されていた成海碧の闇カルテ――十九年前の、自分の誕生に関するデータを、翠は警察に送りつけている。それも、警視庁の代表アドレスだけでなく、田崎警部の個人アドレスにまで。
十六年前、三歳になったばかりの翠が新堂と瀬場に連れられ日本を脱出したあと、遠縁の親戚によって捜索願の出されていた成海碧。
その同一人物とおぼしき女性の、真山総合病院での代理母出産を示す闇カルテをブルーにつきつけられ、さらに真山グループへの犯行を重ねられては、さすがに警察上層部も、怪盗ブルーと真山の関係を無視し続けるのは難しくなったらしい。
田崎警部がこれまで主張してきた、ブルーのターゲットが真山グループだという説も、警察内部で見直され始めていることだろう。
『真山の神通力も、弱まっているということか』
「おそらく」
スマートフォンを耳にあてた翠が、優雅に口角を上げた。
『それはよかった。ところで』
言いかけた父が、そこで不意に言葉を切った。
「……もしもし? 父さん?」
翠の問いに答えはなく、しばらくの間、電話越しの荒い呼吸の音だけが翠の耳に届いた。
「父さん?! 大丈夫ですか、父さん?!」
何度目かの翠の問いかけのあと、ようやく父が電話口に戻った。
『……すまない。少し、むせてな』
苦しそうに父が笑う。
『どうやら、夜更かししすぎたようだ。これが、寄る年波というやつかな』
「そんなこと」
電話越しにまだかすかに聞こえる荒い呼吸に、翠は眉をひそめる。
『今日は、これくらいにしておこう。おやすみ、翠』
「……おやすみなさい、父さん」
強引に話を切り上げられた翠が、腑に落ちないまま答えるやいなや、通話は切れた。
「……」
手にしたスマートフォンを見つめて、翠は白い額に手をあてる。
――なにかがおかしい。
そんな、確かな感触があった。
だが、あの父が、本気で自分に隠しごとをしようとしているなら。それを暴くのは、おそらく不可能だ。少なくとも、今の自分には。
翠が、ふっくらした唇を噛む。
コンコン。
そのとき、ドアが控えめにノックされた。
軽く頭を振って椅子から立ち上がり、
「どうぞ」
翠は自室のドアを開ける。
部屋の前には、エプロンをつけたミーコと恒星が並んで立っていた。
「おやつにしない? 翠君」
ひんやりとした廊下で、翠を見上げたミーコが、ポニーテールを揺らしてにっこり笑った。




