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【Case3】3.挑発、あるいは地雷 (2)

「すり替えたあれ、うちにあるんでしょ? 翠君の部屋?」


 純金って、いくらくらいするもんなの? と、小さなこぶしを握り締めて鼻息荒くたずねるミーコ。

 あのデパートでのふわふわ発言は、あながち単なるいやがらせというわけではなかったらしい。


 ああ、とあっさり翠がこたえた。


「処分したよ。残念だけど、あれはうちに飾るには趣味が良くない」


「えーっ?!」


 風呂に入れられた猫みたいな悲鳴をあげて、ソファにばったり倒れ込んだミーコの隣から、


「じゃあ、またタダ働きなわけ?」


 俺も、翠の顔をのぞき込む。


「……そういうわけでも」


 俺を見返した翠が、大きな目をかすかに細め、すい、と視線を横に流した。


 くるんと巻いた長い睫毛の下、つややかな唇が、白い顔の中で緩やかなカーブを描いた。




「――パスワードが?」


 部下の報告に、真山晴臣は形のいい眉をかすかに動かした。


 都内某所に建つ、古くも新しくもなさそうに見える、地味なオフィスビル。それが、日本最大の企業グループである真山グループの心臓部ともいえる、グループ総裁・真山晴臣の個人事務所だ。


 真山百貨店で金のバラ盗難事件のあった土曜日の夕方。目立つ表示もない灰色の建物の最上階にあるオフィスで、真山は部下の報告を受けていた。


 分厚いドアを開けると目の前にある応接セットと、その奥に置かれた重厚なマホガニーのデスク。一見、特に目新しい設備は見あたらないが、特殊ガラスを使った背後の窓との間には、予期せぬ攻撃や盗撮を防ぐため、計算された角度と距離がとられている。重いドアは、防災・防弾機能はもとより、盗聴やサイバー攻撃にも対応する仕様だ。


 パソコンと固定電話の他にはなにも置かれていない、無機質な印象の広いデスクの上で、真山は両手の指を組み、いつも通り表情の読めない顔で座っていた。


 目にしみるような純白のワイシャツと、その上に着たチャコールグレーの三つ揃いのベスト。派手ではないが複雑な色合いが美しい手触りのよさそうなネクタイと、同系色のカフスボタンが、それとわかる者にだけ持ち主の財力を示している。


 白髪交じりの豊かな髪と、神経質そうな細面の顔。眼鏡のせいで目立たないが、描いたような眉と通った鼻筋は、「遺伝子上の父親」だけあって翠と似ていた。


「……はい。何者かにより、例の口座の情報が盗まれたようです」


 デスクの前に直立不動の姿勢で立ったスーツ姿の部下が、怯えた顔で答えた。


「いくつかの、いわゆる闇オークションをあたりましたところ、盗まれた金のバラは既にそちらで売却済みでした。

警察の言う通り、昨日の百貨店への搬入時には、既に偽物とすり替えられていたものとみられます。

代金は本日の午前、ちょうど展示ブースで例の騒ぎが起こったころ、当家の例の口座に一旦振り込まれたのち、同額がスイスの何者かの個人口座に流れた形になっており」


「ダミーだろうな、その個人口座も」


 無表情に言葉をかぶせた真山に、部下が無言で目を伏せる。

 体温を感じさせない声で真山が続けた。


「つまり、こういうことか。

何者かが、あの純金のバラを昨夜の内に偽物とすり替えた上、闇オークションで売却。

その代金の支払い先に、わざわざわが家の隠し口座を指定し、入った金を、追跡の不可能なスイスの個人口座に移したと。

加えて、偽のバラの材料に使われたのは、真山化学で開発中の製品だと」



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