【Case3】2.ショータイム (3)
「It’s show time!」
派手な効果音と共に流れたネイティブっぽい女性の音声に合わせて、仮面の男――翠が、形のいい唇をきゅっと引き上げた。
カメラが引いて、彼が両手に扇のように持ったトランプが映る。
テンポのいい音楽に合わせて、画面手前に敷かれた光沢のある黒い布の上に、翠が芝居がかった手つきでカードを広げてみせた。
そのまま、翠は無言でトランプマジックを始める。
白い手袋をつけた手でカメラにハートのクイーンを掲げてみせると、それをカードの束に戻し、手際よくシャッフルして、黒い布を敷いたテーブルの上で三等分。それらをもう一度ひとつにまとめて、カードの上で翠が身振りでカウントする。と、束の真ん中からぴょこんと飛び出してくる、ハートのクイーン。
テレビの前の客たちが、わあっと歓声をあげた。
翠がふたたびカードをまとめて、丁寧に切る。裏返したカードを無造作な手つきでテーブルに広げると、さらにかきまわした。
「……」
翠が右手の人差し指を立て、テーブルの上に広げられたカードに念を送るようなそぶりをする。それを無言で見守る客たち。
その後、翠が両手でカードを手あたり次第にめくっていくと、クローバーのキングとスペードのキング、ハートのキングとダイヤのキング……同じ数字・同じ色のペアのカードが、キングからクイーン、ジャックと順に現れた。
おお、というどよめきが客たちからあがる。
最後に手にしたハートとダイヤのエースを両手に、カメラに向かって優雅にお辞儀する翠に、画面の前の客たちから拍手と歓声が送られた。皆、次々に披露される翠のマジックを、百貨店側のイベントの一環だと思っているようだ。
純金のバラの飾られたガラスケースを背に、奥の壁に掛けられたテレビの前で、翠のマジックショーに目を凝らす客たち。
俺はスマホを片手に、そんな彼らをブースの入口に近い場所から眺めていた。
軽快な音楽と、ときどき挟まれる効果音。華やかなマジシャン――翠の、一挙手一投足に喝采する客たち。
大型テレビの左右に立つ警備員たちも、姿勢は崩さないまま、ちらちらと画面に目をやっているのがわかる。
「すごーい」
あいかわらずのふわふわ声をあげながら、ミーコがはしゃいで画面に向かって手を叩いた。その隣で、黙ってスマホをいじる俺。傍目には、イケメンマジシャンにテンションの上がった彼女と、それが面白くない彼氏に見えていることだろう。
そのとき、仮面をつけていてもわかるミステリアスな笑みをたたえた翠が、カメラに向かってジョーカーをかざしてみせた。
ポン、と音がして、ジョーカーが一瞬で金色のバラに変わる。
どっと沸く観客たち。
手にしたバラをそっと胸に当てた翠が、空いた左手でシルクハットを取り、画面に向かってうやうやしく礼をする。白い頬を包んで揺れる、つややかな金髪のウィッグ。
ひときわ大きな歓声の中、唐突に映像は消えた。
どうやら、マジックは終わったらしい。黒く静まり返った大画面を前にした客たちが、一呼吸置いて、それぞれ夢から覚めたように動き出す。
その数秒後、
「なんだあの煙は!」
「火事?!」
会場のあちこちから、悲鳴が上がった。
いつのまにか、部屋の中央に置かれた純金のバラのケースから、白い煙が上がっていた。
ガラスケースいっぱいに広がった濃い煙で、中に飾られたバラの可憐な姿はすっかりかき消されてしまっている。
奥の大画面テレビの脇にいた警備員の一人が、口元を手で覆って、無線で外部に連絡を始めた。残る一人はバラのケースを背に立ち、興奮してケースに近づこうとする客たちを必死で押しとどめている。
すぐに、他の警備員たちもブースに入ってきた。
「念のため、ケースから離れてください!」
「火災報知機は作動しておりません! 落ち着いて!」
パニックを起こしかけた客たちに、声が掛けられる。
警備員たちの言う通り、現時点では煙はケース内にとどまっており、あたりには物の焦げる匂いもしなければ熱も感じられない。
次第に落ち着きを取り戻した二十名ほどの客たちは、警備員に誘導されて並んでブースを出た。
「……」
無言で不安げに肩を寄せ合ったミーコと俺は、そのまま一階まで階段で降りると、真山百貨店を後にした。




