【Case3】2.ショータイム (2)
入ってみると、ブースの内側は外から見た印象よりもかなり広かった。ざっくり、高校の教室一個分くらいはありそうだ。
入口から見て左右の壁は明るい赤になっていて、その上に真山百貨店の歴史を説明する巨大な白黒写真のパネルが飾られている
正面の白い壁には、一階にあったのと同じ巨大な壁掛けテレビが設置されており、ここでもさっきの社長の挨拶が流れていた。その両隣に立つ警備員が、客の不審な動きに目を光らせている。
そして、ブースの中央に置かれたガラスケースの中で、金色に輝く一輪のバラ。
今回の展示のメイン、噂の純金のバラだ。
「きれーい」
五十センチ四方ほどのケースに近寄ったミーコが、俺がこれまでに聞いたこともない、かわいらしい声をあげた。
(そういや、お嬢なんだよな。こいつ)
今さらなことに俺は気づく。
普段の言動からは、とてもそうとは思えないけど。ヤ○ザの組長の愛娘ってことは、ミーコはおそらく何不自由なく育てられた、そこそこのお嬢様なのだろう。
ふわふわワンピに身を包み、デパートの展示を眺めて嬉しそうに声をあげる姿は、案外しっくりきてる。
「すごいねー。金のバラなんて、初めて見たかも私ー」
わざとらしく目をぱちぱちさせながら、俺を見上げるミーコ。
「そーだね、俺もー」
正直しんどいが、負けずに俺もいかにも優しい彼氏らしく、笑顔でふわふわと答える。
「ねえねえこーきゅん。これって、買ったらいくらくらいするのかなー?」
あ、ちっくしょ。「こーきゅん」とか、微妙にアレンジ入れてきやがった、こいつ。
ミーコが打ち込んできた変形ふわふわトークを、
「いくらかなー? 金だし、高そうだよねー」
笑顔をキープしたまま、俺は全力で打ち返す。
やべえ。そろそろ口が引きつりそう。
負けるな俺。ふわふわだ、ふわっふわ。
「すごーい。バラ、きれーい」
上目づかいで首を傾げて、しつこくふわふわ攻撃を仕掛けてくるミーコに、
「えー? ミーちゃんの方が、ずうっときれいだよー?」
ふわふわカウンターをお見舞いする俺。
「……えー、ほんとー?」
予想外の返しに思わず目が泳いだミーコに、俺は容赦なくたたみかけた。
「ほんとほんとー。鏡よ鏡、世界で一番かわいいのはだあれ? それはー、ミーちゃんでええす!」
顔の横で人差し指を立てて、心を無にして笑顔で言い放つと、
「……んもー、こーきゅんったらあ」
吹き出すのをこらえて真っ赤な顔になったミーコが、震えそうな声でなんとかこたえた。
(この勝負、俺の勝ちだな)
俺は内心ほくそ笑む。
俺を困らせようなんて、百年早えーんだよ。野良JKめ。
ケースに群がる他の客に紛れて、ひとしきり寒い会話できゃっきゃうふふしたあと、俺らは入口近くの写真パネルのそばに移った。
「もー、笑わせんのやめてよ、こーちん」
熱心に写真パネルに見入っているふりをしながら、ミーコが地声で俺に囁く。仕掛けてきたのはおまえだろーが。
「てか、案外ちっちゃくね? あのバラ」
ひそひそと続けられて、
「そこがいーのよ」
隣でスマホを取り出しながら、俺も目を合わせずに小声でこたえた。
「『いい』って何が?」
パネルを見上げてふんわり微笑んだまま、器用に不満げな声を出すミーコに、俺はスマホの画面を開きながら、ひとりごとのようにつぶやく。
「持ち運びに適した、ほどよいサイズ。……怪盗さんたちに、ぴったり」
にや、と俺らは目を見合わせた。
そのとき、正面の大型テレビの画面が一瞬乱れたかと思うと、映像が切り変わった。
ぽっこりしたスーツの腹を突きだし、身振り手振りで画面の前の視聴者ににこやかに語り掛けていたおっさん社長に代わって現れたのは、目の覚めるような白いタキシードを身にまとい、同じく白いシルクハットをかぶった若い男のアップ。シルクハットからはみ出た、柔らかそうな金髪がまぶしい。
通った鼻筋とシャープなあごに、引き締まったつやつやの唇。長めの前髪の下、目のまわりには“仮面舞踏会”みたいなめちゃくちゃ怪しい仮面をつけているものの、その整った容貌は隠しきれていない。
突然の派手なイケメンの登場に、ブース内の客の視線がテレビ画面に集中した。
ざわつく客たちの声に紛れて、
「……変態チックー」
大画面に目をやりながら、俺はうんざりした声でミーコに囁く。
ほんっと、理解しがたいわ。あいつのあーゆーセンス。
「……」
あやうく噴き出しそうになったところをぐっとこらえたミーコが、ショートブーツのヒールで俺のすねを蹴った。
「……っ、痛って……!」
声を出さずに耐える俺に、一瞬悪い笑みを浮かべてみせると、いかにもイケメンに注目してますという表情でミーコは正面を向く。
その視線の先、巨大画面中央の仮面の男の右耳で、明るい金髪の陰できらめいているプラチナのピアス。




