【Case1】2.小型で非常に勢力の強い○○○○ (3)
(……信じらんねー)
数時間後、俺はリビングのソファの上で貧乏ゆすりをしながら、内容がひとっつも頭に入ってこないスマホの画面を眺めていた。
恩を仇で返すっていうか。人の親切心にこんな仕打ちって、マジなくない?
「どうかしたのか? 恒星」
夕飯の片付け後、お茶でも淹れるのかお湯を沸かしている翠が、キッチンから俺に声を掛ける。
「……いや、別に」
……別に、なにもないってわけじゃない。けど、特別珍しいことでもない。むしろ、よくあることなのかも。
ただ、俺の当たってほしくない勘によると、これは……。
そのとき、マンションの一階エントランスに来客があったことを知らせるインターフォンが鳴った。
俺は勢いよく立ち上がって、モニターに近づく。
『こんばんはー』
画面には、にっこにこの笑顔で両手を振る、駅で会った家出女子。
『お兄さん、葉山恒星さーん。お財布のお届け物でーす』
はああ、と、俺は盛大なためいきをついた。
だから、当たってほしくなかったんだって。俺の勘。
不思議そうにこっちを見ている翠を無視して、俺は無言でオートロックを解除した。
そのまま玄関に向かうと、しばらくして鳴ったチャイムと同時にドアを開け、
「出せ」
家出JKの前に、手を突き出す。
手のひらに、そば屋で掏られた俺の財布が素直に載せられた。
俺はその場で中身を確認する。……よし、減ってねーな。
神妙な顔で俺の前に立ってる家出JK。
そば屋でこいつの言ってた「二つの特技」、その二個目のやつは、どうやらスリだったらしい。
マジなんなのよ? 恩人の財布掏るって。さらに、中の学生証で住所調べて、家まで押し掛けてくるとか。あのあと俺、そば屋の支払い、POSMOでギリだったんですけど。
普段にまして仏頂面の俺に、
「えへへ」
JK改めスリが笑いかける。
「怒ってる? お兄さん」
「ったりまえだろ」
俺は眉間のしわをさらに深くする。
なんでこんなのに関わり合っちゃったんだろ俺。さすが、ラグビー部の後輩やマネに、「絶対下に兄弟いますよね」って言われる世話焼き体質だわ。バリバリのひとりっ子だってのに。……まあ、手のかかる親父がいたけどな。
「ごめんねお兄さん。もうちょっとだけ、他の人いないとこで話したいことがあって」
「ならそう言えよ」
「だってお兄さん、警察連れてく気だったじゃん。あたしのこと」
「それはまあ、そうだけど」
「家訊いても、教えてくんなそうだったし」
「まあな」
いや、家出JK自宅に連れ込むとか、普通に俺の社会生命の危機だし。
そうじゃなくても、こいつにだけは自宅教えるとかありえねーわ。だって、こいつの行きたがってた「怪盗ブルーの基地」そのものじゃん、この家。……とはいえ、来られちゃってるわけだけど、今現在。
「でももう、おうち知っちゃったし。ね、ちょっとだけ話させてくんない? 話済んだらちゃんと帰るから」
スリJKが、なかなかにずうずうしいことを言い出す。
「いや、無理。てか帰る金あんのかよ、おまえ」
「あ、うちそんな遠くないよ。横浜だもん」
……悔しいけど、相変わらず嘘の音はしないんだよなー、こいつ。
そのとき、
「お客様?」
振り返ると、玄関ホールとリビングダイニングをつなぐドアを、翠が開けたところだった。
「よかったら、あがってもらったら?」
事情を知らない翠の、通常営業のきらめく微笑み。