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【Case3】1.推しと憧れは、たまに(割と)違う (2)

 過去の大規模な内戦で仲間も恋人もなくし、荒んだ世の中で用心棒としてその日暮らしをしていた信さんは、サクラやゴローという新たな仲間と出会い、謎の組織「エドレンジャー」の一員として街の平和を守るようになる。


 てか、愚問じゃね? 誰だって、なるなら信さんでしょ? 主役だし渋いし、なんだかんだ最強だし。


「えー。あたしはアリーだけど」


「……はああ?」


 ミーコに斜め上の答えをぶっこまれて、俺の口から変な声が出た。


「あの着ぐるみかよ?」


「違うよ、宇宙カピバラ! てか、そんなのどうでもよくてー」


 ソファにうつ伏せになって、両肘をついた手であごを支えながら膝下をぱたぱたさせる、っていう、なにげに身体の柔軟性が必要なポーズで、ミーコが嬉しそうに言う。


「もー、こーちん、見た目にとらわれずに考えてみなよ? 実はひとり勝ちだよ? アリー。あんな戦乱の世でも、好きな人と愛し合って平和に暮らしてて」


 考えたこともなかった角度からの発言に、


「……あー。まあ、確かに」


 俺はぼんやりミーコを眺める。


(案外、乙女だったのね? こいつ)


 ミーコの言う「アリー」っていうのは、頭がでかくて四本足で、もさっとした毛に全身覆われてんだけどでかい目はうるうるしてるっていう、謎の生物……いや、「宇宙カピバラ」か。つまり、『エドセブ』の脇役で。


 そんなアリーは、地球に来て最初に出会った人間であるゴロー、つまり飼い主と、それはそれは強い絆で結ばれている。野良JKの言う通り、愛し合ってるっちゃー愛し合ってるわけだ。


 つっても、ほんと見た目着ぐるみみてーな、クセ強すぎの謎の生き物だけどな? アリー。しゃべれないくせに、身振りでめちゃめちゃ意思表示してくるし。


「翠君は?」


 ソファから身体を起こしたミーコが、俺の向かいに座る翠に声を掛けた。


 これまで、日本のマンガは『ACHIRA』と『ドラざえもん』しか読んだことがなかったという翠も(その二作は、日本文化の勉強のために父親から与えられたらしい)、ミーコと俺の指導により、『エドセブ』は読んでいる。ついでに、『銀河鉄道9999』と『ハチミツ味クローバー』も。


「……俺も、アリーかな」


「……え?」


 まさかの本日二度目の斜め上発言に、俺は目の前の王子様顔を凝視した。


 いや、待って? そんなことある? 

 そんなしれっとした顔して、実はおまえも乙女だったの? 翠よ。


「だよねー。幸せそうだよね、アリー!」


 賛同者を得てテンションの上がったミーコに、


「あ、いや。そういう理由も、あることはあるけど……」


 翠が困った顔で口ごもった。


「……あるけど?」


 ミーコのでかい目で見据えられ、上目づかいで翠がつぶやく。


「……強いから」


 ――「強いから」?


「はああ?!」


 俺は、腹から声を出した。

 もーーー黙ってらんねー。


「おい待てよ! 強いっつったら信さんだろ? それか、サクラ? そりゃまあ、アリーもそこそこ強いけどよー」


 信さんは、エドレ・セーバーっていう剣の使い手。そして、彼の仲間であるエドレンジャー紅一点のサクラは、戦闘能力のクソ高い、遠い星から来たみなしごだ。


 そりゃまあアリーも、着ぐるみみてーな見た目に反して腕は立つけど、どう考えたってあの二人ほどじゃないっしょ。


「……確かに、恒星の言う通り、彼らは強いけど」


 静かな目で、翠が俺を見返した。


「失っているだろう? 信さんやサクラは。仲間や、家族を」


(――あー)


 思わぬ指摘に、俺は目を見開く。


 言われてみれば。


 信さんには、内戦で大事な人たちを亡くした過去があるし、サクラんちは宇宙規模で一家離散してる。

 ふたりとも、強いけど大事なものを失っているのだ。


 なんとなく、真山家に母親を――いや、母親だけじゃなく、名字も家もなにもかも奪われ、海外を転々として育ったという翠の過去を思い出し、


「……」


 俺は口をつぐんだ。


「アリーは、ちゃんと守れているからな。家族であるゴローを。――強いよ」


 淡々と言うと、翠は静かに椅子から立ち上がった。


「便利屋の書類仕事がたまってるんだ。昼まで、部屋で片付けてくる」


 ふわりと俺らに微笑んで、タブレットを手にリビングを出ていくほっそりした後ろ姿を、ミーコと俺は無言で見送った。


 数時間後。


「じゃあそれ、冷めたら三等分に切って、」


「ラジャー! あっつっ!」


「……だーからおま、冷めたらって……あーもー、ほら」


 俺はシンクの水を出すと、茹でたばかりのアスパラガスに触ったミーコの手をつかんで流水で冷やす。


 一分もたたないうちに、


「もー、平気だってば。こーちん」


 俺につかまれた手をほどいたミーコが、濡れた手を振って笑った。


「ちょっと触っただけだってー」


「ほんとか? ちゃんと冷やして、火傷のあと残んねーようにしねーと」


 眉をひそめて言いかけた俺に、


「ほんとほんと!」


 ほら、と手のひらを見せてミーコが笑う。

 よかった。赤くなってたとこは、よく見てもわからないくらいになっている。


「もー、過保護なんだからこーちん」


 ラグビー部の後輩たちにもさんざん言われたことをここでも言われて、


「……悪かったな」


 俺はミーコから目をそらすと、くしゃくしゃと前髪をかきまわした。


 五口もコンロのある広いキッチンで、並んで昼飯の支度をしていたミーコと俺の耳に、そのとき、リビングのドアが開く音が届いた。


「あ、翠君。もうちょっとでお昼が」


 振り向いて言いかけたミーコに、


「ミーコちゃん。恒星」


 キッチンの入口から翠が声を掛ける。


「……なに?」


 鍋をかき混ぜていた手を止めて、俺もそちらに顔を向けた。


 キッチンの入口の柱に軽くもたれて立つ、見慣れた王子様顔。タイル貼りの壁に掛かるすんなり伸びた白い指と、絶妙な角度で傾げられた首。


 いつも通り白シャツと黒のパンツの翠は、別に首痛めてるポーズをするでもなくただ突っ立ってるだけなのに、めちゃくちゃ「たたずんでる」感を出していた。


 すげーなー、イケメンによる「イケメン立ち」の破壊力。

 今さらながら、俺はひそかに感心する。


「……ふたりとも、来週の予定はどうなってる?」


 くるんと巻いた睫毛の下のリスみたいな大きな瞳が、ミーコと俺の顔を交互に見た。


「暇ー!」


 即答するミーコに、同じく、と俺もうなずく。学園祭直前で、授業は休講が多い。


「そうか」


 翠の顔に、誘うような笑みが浮かんだ。


「――それならちょっと、にぎやかに過ごすのはどうかな?」




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