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【Case3 金のバラを持つ怪盗ブルー ~なんでも像にしたがるのも考えものよ?~】 1.推しと憧れは、たまに(割と)違う (1)

「……飽きたー!」


 でかい壁掛けテレビの前に置かれた、「人をダメにするソファ」。その上でゲームをしていたミーコが、ぶっといポニーテールを一振りすると、ばんざいのポーズで座面に倒れ込んだ。


 寝転がったままの大きな猫目が、キッチンから出てきた俺を期待満々に見上げる。


「ねーこーちん、あたしのコーヒーは?」

「ない」


 構わず、俺はコーヒーの入ったマグを片手に、ダイニングテーブルに腰を降ろした。


 朝っぱらからゲームしてるやつに、なんで俺がわざわざコーヒー淹れんのよ。

 ミーコよ、コーヒーならむしろ、おまえが俺に淹れろ。週末もきっちり早起きして、さっき三人分の朝メシを作った俺に。


 向かいの席ではコーヒーの飲めない翠が、俺らのやりとりをよそに経済誌の電子版を読んでいる。傍らには、飲み終えたココアのカップ。


 レースのカーテン越しに差し込む、朝の光がまぶしい。

 便利屋の仕事も入っていない週末の朝、新堂邸の広いリビング・ダイニングで、俺らは朝食後のひとときを思い思いに過ごしている。


 11月上旬、学園祭シーズン真っ盛りだ。来週末はうちの大学でも、キャンパスの名を冠した学園祭が開催される。


 去年のこの時期は俺も、とあるイベントサークルの下っ端として、毎年出しているという焼きそばの屋台の準備で忙しくしていたが、めでたく二年生になった今年は、なにも仕事がない。


 例年通り、面倒な仕事はすべて、一男いちだん=一年男子の担当だから。

 ……というより、この前、高等部からの後輩であるミキと気まずくなったのがダメ押しで、今や完全なる幽霊部員と化しているから。


「ねえ翠くーん」


 暇をもてあましたミーコが、茶色い革のソファの上で棒みたいな足をばたつかせながら、翠に声を掛けた。


「ブルーの予定は? 次の怪盗いつやんのー?」


「……そうだね。まあ、そのうちに」


 よほど面白い記事でも読んでいるのか、珍しく翠がタブレットに見入ったまま生返事をする。


 俺は向かいの席から、翠の開いた画面をチラ見した。


『真山百貨店 創業百周年の歩み』

『百周年を祝って 純金のバラの像展示』


(……あらら)


 意外な内容の見出しに、俺は目をまるくする。


 それらは、翠の宿敵である真山グループ総裁・真山晴臣の、百貨店事業に関するインタビュー記事だった。


(へー。真山百貨店、今年で百周年か)


 俺は、銀座の一等地にある古めかしい建物を思い浮かべた。俺みたいな貧乏学生にはまるで縁のない、「すげー高くて、すげー質のいいもの」ばっか扱ってるイメージの老舗デパート。


 翠の開いた電子記事には、その百周年記念に作ったという「純金のバラ」の像を胸の前に掲げ、自宅の庭の自慢のバラ園とやらを背景に立つ、スーツ姿のおっさん――真山晴臣の写真が掲載されている。


 おー、こんな顔してんのか、真山晴臣。

 メディアにはめったに顔を出さない真山の珍しい写真に、視線が吸い寄せられた。


 翠の「遺伝子上の父親」にしては、だいぶ年いってるみたいだなー。もしかして、写真写りが微妙なタイプ? あーでもあれか、なかなか子どもできなかったって話だしな、この人。


 それにしたって、俺の目の前でココアを飲んでる翠に比べると、ずいぶん華のない顔のおっさんだ。実業家っていうより銀行マンってイメージの、賢そうな銀縁眼鏡の細面の顔。


 おいー、どうした? DNA。

 母親似なのかな、翠って。


(こりゃー、翠も読みふけるわな)


 勝手に納得すると、小さくうなずいて俺はコーヒーに口をつける。


「じゃあさじゃあさー」


 リビングのテレビ前からあがる、懲りない声。

 暇をもてあましたJKが、俺らの塩対応にもめげずに、今度はどうでもいい質問を放り込んできた。


「ねえねえ。『エドセブ』のキャラになるんだったら、誰がいーい?」


 暇JKの、あまりにもどうでもいい質問に、


「……そりゃ、しんさん一択でしょ」


 思わず食いついてしまう、ちょろすぎる俺。


 アニメ化や映画化もしてる『エドレンジャー・セブン』、略して『エドセブ』は、パラレルワールドの日本を舞台に、主人公の信さんが仲間と共に悪と戦う人気少年マンガだ。



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