【Case2】4.好意は言葉より行動に出ちゃうタイプ (2)
確かにあの日以来、沢田さんはお友達も大勢ご紹介くださる、「便利屋・ブルーオーシャン」のお得意様ではあるが。
「多様なものなのさ。依頼人のニーズというやつは」
満足げに言う翠を、
「だからって、怪盗名乗って宝石泥棒すんのはやりすぎだから」
恒星がじとりと横目で見た。
フランスのL家からの依頼で、真山第一美術館から同家の双子の巨大オパールを盗み出したのは、ちょうど一年前の今ごろだ。実際には、盗んだのは本物の宝石ではなく、精巧なフェイクだったのだが。
「そうかな」
悪びれる様子もない翠に、
「あったりめーだろ。あーあ、もう俺、お嫁にいけなーい」
気怠げに言って、恒星が頭の後ろで手を組んだ。
「キモ」
それを隣の席のミーコにばっさりやられ、
「あ? やんのかおまえ?」
恒星が眉間に凶悪なしわを寄せる。
そこへ、
「その点については、まったく問題ない」
翠がポテトをつまみながら、目も上げずに口を挟んだ。
「家から家へ嫁ぐというのは、明治時代の概念だ。2018年現在の日本においては、20歳以上の成人なら、双方の合意のみで婚姻が成立する」
「……」
恒星が無言で椅子から立ち上がると、テーブル越しに手を伸ばし、翠の緩いくせっ毛をくしゃりとかき回した。
一瞬で固まった翠の白い額を、
「わかって言ってるよな? おまえ。そういう話じゃないって」
ぺちんと恒星が叩く。
「……」
大きな目を見開き、無言でおでこを押さえる翠。
それを放置して、恒星はキッチンへと立ち去る。
数分後、キッチンからお湯の沸く音がしたあと、新しい紅茶の入ったティーポットを手に、なにくわぬ顔で恒星が戻ってきた。
途端に、翠の目が嬉しそうに輝く。
「……おまえが淹れたやつほど、うまくねーけど」
目を伏せて翠のカップに紅茶のおかわりを注いだ恒星を、
「そんなことないよ、恒星。俺は嬉しい」
満面の笑みで翠が見上げた。
「……あー」
目を泳がせた恒星が、急にポットをテーブルに置くと、
「トイレ」
口元を押さえ、なぜか憮然とした顔で、足早にリビングから出ていく。
不思議そうにその後姿を眺める翠に、
「ほんと、翠くんのこと大好きだよね。こーちん」
新しい紅茶の入ったカップにふうふうと息を吹きかけながら、ミーコが声を掛けた。
「え?」
振り向いた翠に、
「照れちゃったんだと思うよ? 翠君が喜んでくれたから」
あっさり言って、ミーコがカップに口をつける。
「……」
翠の耳が、赤く染まった。
「――ぶえーっくしょい!」
リビングのドアの向こうから、恒星の派手なくしゃみが聞こえた。
【 Case2 了 】




