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【Case2】3.たまには「日常の謎」スタイルで (4)

「……!」


 ふたりは目を見合わせると、箒を放り出して庭へまわる。


 広い日本庭園に駆け込んだふたりの目に、大きな石のそばで、両手で頭を抱えてしゃがんでいる和人君の姿が飛び込んできた。足元に、子ども用のビニールの縄跳びが落ちている。


「大丈夫か?」


 和人君に駆け寄った恒星が、肩に手をかけて声を掛けたところへ、


「和ちゃん?!」


 カーディガンの代わりにベージュのフリースを着込んだ沢田さんが、転がるように家から走り出てきた。


「どうした? どっか痛い? 和人君」


 小さな顔をのぞきこんだ恒星を、


「頭に、バサーって来た。カラス」


 涙目で和人君が見上げる。

 どうやら、背後から飛んできたカラスに、追い越しがてら突然頭を蹴られたらしい。


 あたりを見回した翠が、少し先に視線を向けた。くるんとカールした睫毛の下の大きな目に、庭の奥の木立のまわりをばたばたと飛び回るカラスの姿が映る。


「大変。どこか痛い? 和ちゃん」


 しゃがみ込んだ沢田さんが、上ずった声で和人君を抱き締めた。


 沢田さんと一緒に、翠と恒星は和人君の細い髪の毛をかき分けて、頭に傷がないか調べる。幸い、ケガはないようだ。


「ああよかった」


 沢田さんが、ほっとした声を出した。


「ごめんね、和ちゃん。カラスは巣を作ると神経質になって、なにもしなくても襲ってくることがあるのよ。近くにいただけで」


 庭の奥に立つ、三階建てのマンションほどの高さがありそうな大きな松の木。その上の方で枝が三つに分かれているところに、沢田さんの言う通り、深いザルのようなものが見える。あれがカラスの巣らしい。


 翠がさっきその付近で見かけたカラスは、巣に戻ったか、あるいはエサでも探しに行ったのか、姿が見えなかった。


「ねえ和ちゃん。ちょっとお休みして、おうちでおやつでも食べようか?」


 沢田さんの言葉に、和人君が黙ってうなずいた。


「ちょうど、もうすぐ三時だし……あら?」


 沢田さんが首を傾げた。


「そういえば、さっきの時計。どこにやったかしら、私」


 沢田さんの声に、和人君が細い首をひねってあたりを見回す。


「いやだわ。さっき便利屋さんに直してもらってから、どこに置いたかしら。和ちゃん、覚えてない?」


「……知らない」


 和人君が下を向く。

 恒星が、和人君の顔をちらりと見た。


「ああ、そうよね。和ちゃんはいなかったものね、あのとき。ええと、あれから二階に上がって、廊下の電球を替えてもらって……」


 恒星に懐中時計の電池を交換してもらってからの流れを、目を上に向けて考え込む沢田さんに、


「さっきのお部屋の中じゃないですか?」


 翠が声を掛ける。


「そうかしら。仏間の引き出しには、戻してない気がするんだけど……」


 首をひねりながらも、沢田さんは和人君の肩を抱いて家に入っていった。


 ふたりの姿が消えて、広い庭が急に静かになる。


「……嘘だったのか? さっきのあれ」


 不意にそう言うと、翠が恒星の顔を見た。


「微妙」


 軽く首を傾げ、前髪に指を通した恒星が、


「てか、気づいたんだ」


 翠の顔を見返す。


「おまえの顔を見れば」


 無表情に翠が答えた。

 さっきの和人君の言葉に、わずかに顔を曇らせていた恒星。あれは、彼の「嘘発見器」が反応したしるしだ。


 恒星によると、あの和人君の「知らない」は、嘘と言い切るほどではないが、どこか濁った響きがしたという。沢田さんの懐中時計の行方は「知らない」が、他になにか知っていることがあるということか。


 時計の行方は気になるが、どうすることもできず、ふたりは玄関まわりの掃除に戻った。




「困ったわ、せっかく直していただいたのに」


 依頼された作業をすべて終えて縁側に戻ったふたりに、お茶を出しながら沢田さんがためいきをついた。


「みつからないのよ、あの時計」


 まるい肩をしょんぼりと落とした沢田さんに、


「よかったら、一緒に探しましょうか?」


 お茶うけに出されたどら焼きを頬張りながら、慰めるように恒星が言う。


「こういうのって、意外なとこから出てきたりするんですよね」


「そうよねえ。ほんとそそっかしいから、私」


 沢田さんが、ふくふくした手を頬にあててうなだれる。


「いえ、そんなこと……あ、うまい。このあんこ」


 手にした大ぶりなどら焼きに目をやった恒星に、


「そう? よかった。人気あるのよ、ここのどら焼き」


 沢田さんが微笑んだ。

 そばでは和人君が、両手で持ったどら焼きをちびちびとかじっている。


 それぞれの前に置かれたお盆の上には、どら焼きの皿と一緒に、おしぼりとお茶が並んでいる。


 ぽってりとした粉引の湯呑みに、緑茶の色が映える。

 長い間様々な人の手で磨き込まれてきたと思われる広い縁側には、なんともいえないツヤがあった。



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