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【Case2】3.たまには「日常の謎」スタイルで (2)

「もうすぐ四歳になるんだけど、内気で、あんまりしゃべらない子でねえ。ごめんなさいね?」


 申し訳なさそうに眉を下げた沢田さんに、


「いや、別に普通じゃないですか? それくらいの子なら」


 恒星が軽く首をひねる。


「そうかしら」


 苦笑した沢田さんが、


「あ、そうだわ。忘れてた」


 急に両手をついて立ち上がると、目の前の障子を開けた。


 縁側に面した中の和室には、花の供えられた大きな仏壇が置かれ、くすんだ緑色の砂壁には、モノクロの写真が何枚も飾られている。


 仏壇の引き出しをごそごそしていた沢田さんが、


「これこれ」


 すぐに戻ってきて差し出したのは、古そうな懐中時計と電池、それに、平べったい金属のついた小さな道具だった。


「この時計の電池も、替えてもらえないかしら。最近ますます、細かいものが見えづらくって」


 翠と恒星を交互に見ながら言う沢田さんに、


「お安いご用ですよ」


 長い鎖のついた懐中時計を、恒星が手に取る。

 隣に腰を降ろした沢田さんが、脇から時計の側面を指差した。


「横にくぼみがあるでしょう? そこに、この平べったいとこを差し込んで」


「こうですか?」


「そうそう」


 渡された道具を使って器用に時計の裏蓋を開けた恒星が、見る間に作業を終える。


「はい、できました」


 時計と道具一式と古い電池を沢田さんに手渡すと、


「助かったわー」


 沢田さんがにこにこした。


 クラシックなデザインの懐中時計は、ガラスや鎖の光沢から、よく手入れされてきたのがわかる。


「きれいな時計ですね」


 翠の言葉に、


「亡くなった主人が、使ってたのよ」


 沢田さんが嬉しそうに言った。


「もう持ち歩くこともないんだけど、時間くらい合わせておこうと思って。さっきの和人が気に入ってるから」


「そうでしたか……では、次は電球を替えましょうか」


 うなずいて立ち上がった翠に、沢田さんと恒星も腰を上げる。


 そのとき、庭にさっきの男の子が走り出てきた。

 手にしたビニールの子ども用縄跳びを、縁側の先の大きな庭石の上で、男の子がひゅんと音を立てて振り回す。


「おばあちゃん、縄跳びしてくる」


 そう言って庭の奥へ駆け出そうとした男の子に、


「待って、和ちゃん」


 沢田さんが声を掛けた。


「今日は肌寒いから、上着を着たら?」


「寒くない」


「仕方がないわねえ」


 沢田さんが素早く履物を履くと庭に降りた。着ていたカーディガンを脱いで、和人君に近づく。


「これ、大人用だけど。和ちゃん、着られるかしら?」


「着れる!」


「大人用」という言葉につられたらしく、和人君が勢いよくこたえる。


 小柄な沢田さんのカーディガンを着た和人君は、黄色いニットコートをはおったように見えた。


「奥の、松の木のそばには行っちゃだめよ。カラスが巣をかけたようだから。あと、池に落ちないよう気をつけて」


「わかった!」


 言い終わる前にもう、和人君は走り出していた。

 



 沢田さんの案内で、二階の廊下や物置の電球を交換し終えた翠と恒星は、庭の掃除に取りかかっていた。


 あいかわらず雲の多い空の下、沢田さんの言った通り、午後になってもあまり気温は上がらず肌寒い。


 植木や石灯籠に加えて、小さな池まである広い日本庭園には、ところどころに大きな石が敷かれていた。話好きな沢田さんによると、亡くなったご主人のお祖父さんにあたる人が、この家を建てるときにわざわざ九州から取り寄せたものらしい。


 竹ぼうきで落ち葉や花がらをはき集めている翠と恒星から少し離れた場所に、さっき見かけた和人君が現れた。


 沢田さんのカーディガンを着た和人君は、池のほとりの平らな場所で、やけに真剣な顔をして、両手で縄跳びを広げている。どうやら、縄跳びの練習を始めたようだ。見たところ、今のところはまだやみくもに縄を振り回すばかりで、跳んでいるとはいいがたい状態ではあるが。


「えらいなあの子」


 翠の隣で箒を使う恒星が、小声で言った。


「俺なんか、全然練習しなかったもん、縄跳び。保育園のとき」


「日本の保育園では、縄跳びの練習が義務づけられているのか?」


 翠が驚いた顔で恒星を見る。



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