【Case1】2.小型で非常に勢力の強い○○○○ (2)
仙道葵と名乗ったその子は、俺の予想とは違って高一だった。JCじゃなくて、まさかのJK。
「……家いると、まずいことがあって」
そば屋のカウンターで、並んでお茶の入った湯呑を抱えて、JKが口をとがらせる。腹いっぱいになったら顔色が良くなって、俺はちょっと安心した。
なんか知らねーけど、大変なんだろうな。こいつもこいつなりに。
深入りする気はないけど、同情して俺はうなずく。
JKが、また口を開いた。
「……家、出なきゃって思ってたとき、怪盗ブルーのニュース見て。これだ、って思って」
「……っ! ゲホゲホゲホ」
唐突に出てきた「怪盗ブルー」という単語に、俺は猛烈に反応してお茶を吹く。
え、何? 今この流れで、なんで「怪盗」出てきた?
「えー? ちょっとお兄さん、汚いー」
「悪い」
俺から距離をとろうとカウンターでのけぞるちびっこに謝りながら、俺は慌てて店の紙ナプキンでその辺を拭く。てか、汚いっておまえ、失礼だな恩人に向かって。
「……や、でも、何言ってんの? 怪盗とか、意味わかんねーんだけど」
紙ナプキンを丸めながら、おそるおそる俺はJKにたずねた。
何なんだろういったい。ひょっとして俺の知らないとこで、「怪盗ブルー」またなんかやらかしてんの? 頼むよ翠。
途端に、家出JKがでっかい目をキラキラさせた。
「ネットで見たんだけど。弱きを助け強きをくじくんでしょ? 怪盗って。あたし今、すごい困ってるから、みつけたら助けてくれるんじゃないかな怪盗ブルー、って思って」
――はああ?!
「ゲホンゲホンゲホン!」
「やだちょっとお兄さん、なーにー?!」
(いやいやいや。ちょっと待てって)
俺はむせすぎてぜーぜー言いながら、のけぞるJKに向かって懸命に言う。
「……あのさ。そんなわけなくね? 怪盗って、単なる泥棒だし。なんで家出の女子高生を、」
「聞いてお兄さん。実はあたし!」
そこで俺の言葉を遮って、家出娘がびしっと顔の前で指を二本立てた。
「特技あるんだよね、二つ! 一個目は、超絶運がいいってことでー」
「……はあ?」
なんだこいつ?
いきなり変な方向に話をねじ曲げられて、あっけにとられる俺をよそに、JKは得意げに言葉を続ける。
「だから、とりあえず東京来れば会えるだろうな、って思って。怪盗ブルー」
(……げ)
俺は内心、ぎょっとした。
他のやつが聞いたら、アホかこいつ、って笑い飛ばすとこだけど。この世で俺だけは、わかってしまう。
確かに、会えてるわこいつ。怪盗ブルーの片割れ=俺に。
「……や、どうだろうね?」
俺は軽い感じで笑ってみせながら、
「えーと、怪盗の、基地? って別に、東京とは限んないと思うけど。はは、実際どこ住んでんだろーね、あいつら」
脇と背中に、冷たい汗を感じていた。
(やべーやべーやべー)
わけわかんねーけど、俺の本能が告げている。このちびっこは、ヤバい。これ以上一緒にいるのは、まずい。
俺は焦って、無理やり話を変えた。
「それよりおまえ、どっから来たの? 東京っつっても広いし、こんなとこで女の子が金ないとか言ってると危ねーぞ。警察行って、家まで送ってもらえば?」
その途端、JKが湯呑を置いて荷物をつかんだ。
「だいじょぶ、なんとかする。お兄さんありがとね。ごちそうさま」
そのまま、早足で出口に向かう。
「あ、おい」
慌てた俺が、伝票と自分のリュックを手に振り返ったときにはもう、小さな後ろ姿は駅の雑踏の中に消えていた。