【Case2】1.誠意は言葉より行動で示すタイプ (3)
「セバさんのお料理、ごはんもおやつも本格的だもんねー」
そう言ったミーコが、
「あーあ。セバさんに会いたいなー」
椅子の上で大きく伸びをした。
「……そうだね。おそらく、クリスマス前には」
翠がポテトを手にしたまま、長い睫毛をわずかに伏せる。
一年中仕事で様々な国を飛び回っている父親たちだが、今年の年末年始は、珍しくこの家に帰ってくると聞いている。
「おまえー。セバさんにばっか頼ってないで、ちょっとは自分でも料理できるようになれよ」
向かいの席の恒星が、ミーコの頭に手を置いて乱暴に揺すぶった。
「もー、やめてよこーちん」
髪を直しながら、ミーコが口をとがらせる。
「翠君よりはマシでしょー。目玉焼きなら作れるようになったもん、あたし。あ、ゆで卵とスクランブルエッグも!」
「あっそー、えらいねー。けどそういうのは、せめて卵焼き作ってからにしてくださーい」
さらりと流した恒星が、
「それに、こいつは家主だからいいの。雇用主だし、俺の」
あごで翠を示した。
恒星は、翠の起業した「便利屋・ブルーオーシャン」のアルバイトだ。
「そっかー。いいなー社長は」
あっさり納得したミーコに、
「そんなこと」
翠は、困ったように笑った。
恒星の言う通り、ミーコと翠の料理の腕は壊滅的で、普段の食事作りは恒星が一手に引き受けている。栄養オタクの恒星が、食事の内容にうるさいという事情もあるのだが。
今日の夕食のピザやチキンも、ミーコの希望を通しながらも、具だくさんのサラダや野菜スープがきちんと加えられていた。
デザートのりんごは、赤い耳のついたウサギりんご。「かわいー」と嬉しそうにしていたミーコの姿に、
(……そうか。女性は、こういうもので喜んでくれるのか)
翠は感心した。
男所帯で、しかも周囲との交流を持たずに育った翠に比べて、恒星は気がきくというか、コミュニケーションスキルが高い。
残念ながら、こと恋愛方面となると、案外そうでもないようだが。
三人の前にある生クリームとチョコレートたっぷりのケーキは、自由が丘にある有名店のものだ。口は悪いが面倒見のいい恒星は、先週末わざわざミーコを連れて車を出し、以前からミーコが食べたがっていたこの店のケーキを店頭で選ばせた上で予約して、今日の大学の帰りにピックアップしてきた。ケーキをカットする前に鳴らしたクラッカーも、恒星が用意したものだ。
(甲斐甲斐しいな)
目の前でなにやらまたミーコと騒いでいる恒星を眺めながら、翠は思う。
中学高校の六年間、恒星はラグビー部で副部長をしていたという。下に兄弟がいるわけでもないのに世話焼き体質なのは、昔かららしい。
ふたり暮らしだった父親が「手のかかる人」だったというから、面倒見がいいのはそのせいもあるのかもしれない。幼いころから母親のいない生活だったのは自分と同じだが、彼と違って自分には、秘書の業務に加えて家事全般をこなしてくれる瀬場さんがいたから、家事能力を磨く必要を感じることはなかった。
翠は、恒星の家族に思いを馳せる。
恒星と自分が高三の冬に交通事故で亡くなった、ライター兼写真家だった彼の父。
他方、恒星が小さいころに離婚して家を出たという母親は、今は再婚相手と共に、北海道の小樽に住んでいる。他に、親しい親族としては、父方の叔母が福岡にいるらしい。
父親を亡くした恒星に、母親も叔母も一緒に住もうと申し出たそうだが、既に進学の決まっていた付属大学のこともあり、実現しなかったと聞いた。
ときどき、北海道の母親や福岡の叔母から恒星あてに、大量の食材の入った荷物が届く。おそらく、家主である自分への気遣いなのだろう。
同居当初には、家賃や光熱費相当の謝礼を恒星経由で渡されたこともあるが、翠は受け取らなかった。もともと、父と瀬場の不在で使われていない部屋を、傷まないよう使ってもらっているだけなのだから。
もしも、恒星――自分たちの息子や甥が、世間を騒がす怪盗ブルーだと知ったなら。善良そうなあの母と叔母は、いったいどんな風に感じるだろうか。
そのとき、
「そういえばさー。お仕事始めたばっかのころって、どんな感じだったの?」
口数の少なくなった翠を会話に引き込むように、ミーコが声を掛けた。
「去年、大学入ってすぐ便利屋始めたんでしょ? 翠君。そのちょっと前に、こーちんが引っ越して来て。当時って、うまくいってた?」
「いってたわ。普通に」
不愛想に恒星が口を挟む。
「だからー、その普通を訊いてんじゃん」
ミーコが恒星を見上げて口をとがらせた。
「たいして変わんねーよ、今と」
「何言ってんの? 変わるよ」
ミーコが人差し指で自分の顔を指す。
「今は、あたしっていう美少女がいるじゃん」
「は? 『美少女』って言いました? 今」
半笑いであごをしゃくってみせた恒星に、
「……ちょっとー、なにこの人。ムカつくんですけど!」
ミーコがテーブルに身を乗り出す。
ふたたび騒ぎ始めたふたりの声を聞きながら、
(起業直後のころ、か……)
翠は、恒星との同居を始めたばかりの去年の四月のことを思い出していた。




