【Case2 全力スキップ作戦 ~アメちゃんが教えてくれる、いくつものこと~】 1.誠意は言葉より行動で示すタイプ (1)
「――ぶえーっくしょい!」
「……っわ!」
恒星の派手なくしゃみに、一緒にテーブルを囲んでいたミーコが、椅子の上で飛び上がった。
「ちょーっとー! やめてよこーちん」
フォークを片手にきゃんきゃん言われ、
「悪い悪い。んー、風邪じゃないっぽいんだけどな。喉とか平気だし」
適当に謝った恒星が、脇を向いて派手な音を立てて鼻をかむ。
そのあまりの音に、
「ちょ! うるっさ!」
ミーコが、今度は手を叩いて爆笑した。
「……めんどくせーなおまえは。いちいち」
ごみ箱にティッシュを投げ捨てた恒星が、眉間にしわを寄せる。
長方形のダイニングテーブルの短い辺に座ったミーコを恒星と翠で挟み、いつものようにコの字型に座る三人。
恒星の正面の席の翠は、これまたいつも通りどうでもいいことで騒ぐふたりを気にせず、無言でフライドポテトを食べている。
「えー? ひどくない? お誕生日様に向かって『めんどくせー』とか」
ミーコが恒星に口をとがらせた。
「だから、祝ってやってんだろ」
ぞんざいに言い放つ恒星に、
「なにそれ、言い方!」
ミーコがキレる。
都内西部にある新堂家の一階、南向きの広いリビング・ダイニング。
シャンデリアの白い光の下、ダークブラウンのテーブルには、三人分のケーキの皿とティーカップが並べられている。
生クリームと紅茶の華やかな香りに混じって漂う、ファストフード店を想起させる揚げ物の匂い。その出所は、広いテーブルの端に積まれたピザやチキンの残骸だ。そばには、鳴らしたあとのクラッカーの中身らしき、カラフルなテープや紙くずも散らばっている。
十月十日、水曜日の夜。普段から「お誕生日席」を定位置にしているミーコだが、今日は正真正銘、本当の十七歳の誕生日だ。
そのお誕生日様のたっての希望により、三人はミーコの誕生会を開いていた。
といっても会の内容は、夕食後にクラッカーを鳴らしてケーキを食べるだけ。ちなみに夕食――バースデーディナーのメニューは、こちらもまたミーコの希望で、デリバリーのジャンクなピザとチキンである。
「……こーちんってさー、彼女いたことある?」
じっとりと恒星を見据えながら、おもむろにミーコが切り出した。
唐突なフリに、
「……一応。中学のとき」
思わず、正直に答える恒星。
「……」
ミーコが目尻の上がった大きな目を半分閉じると、恒星に向かってつんとあごを上げた。
「どうせあれでしょ? 向こうから告られて、二、三回デートしたら、『部活ばっかでつまんない』とか言われて、さくっとフラれたんでしょー?」
「……え? おまえ、なんで?」
黒歴史を言い当てられた驚きに、とぼけるのを忘れ、口元に手をやる恒星。
ふー、とためいきをついたミーコが、わざとらしく肩をすくめた。
「めーっちゃくちゃ、ありがちなやつじゃん。でも多分ほんとは、部活の話なんていいわけで、その子には物足りなかったんだろうねー、当時のこーちん。おこちゃますぎて。てか、女の子に『おまえ』呼びするのが既にありえないし」
肩にかかったツインテールが、シャンデリアの光を受けてさらりと揺れる。
「な、おま、適当なこと言ってんなよ」
一方的に過去をえぐられ、奥二重の目を見開いた恒星に、
「ほらまたー」
ミーコの指摘が容赦なく飛んだ。
「っう……」
詰まった恒星だったが、
「まあでも、あれだよね。こーちんも、椿さんと出会って、ちょっとは成長したかも?」
憐れむような目で、直近の失恋に思いきり塩をすり込まれて、
「やかましーわ!」
ついにキレる。
そんなふたりの騒ぎに動じる様子もなく、
「……風邪ではないなら、いわゆる秋花粉というやつかな? 恒星のそのくしゃみ」
ミーコの隣の席でポテトをつまみながら、翠が静かに口を挟んだ。
「それっぽい。春のスギのときよりマシだけど」
こたえながら新しいティッシュを取った恒星が、音を立てて鼻をかむ。




