【Case1】5.逢いたい笑顔 (2)
――一瞬ののち、
「え?! 変態?!」
夜の住宅街に、野良JKのでかい声がとどろいた。
「なにそれ?! 変態なの?! こーちん」
「……うるせーな」
「てかМ?! Мなのこーちん?!」
「あーもー、黙れおまえ」
(……ちょっとやりすぎたわ、これ)
俺は眉を寄せて軽く天を仰ぐ。
ミーコの背後で、さっきの俺の発言に無言で固まってる翠。
それに気づかず、ぎゃーぎゃー騒ぎながらもちょっとにやけだしてるミーコに、
「てか、笑っちゃってんじゃん、おまえ」
俺はデコピンをかます。
「痛たー! だって、こーちんがキモいこと言うから!」
両手でデコを押さえたミーコに、
「おまえが訊いてきたの」
横目で言うと、俺はさくさく歩き出した。
「ちょっと翠君! なにあの人ー! ありえないんですけど!」
でかい声で翠に訴えるミーコと、赤くなったデコを見せられて、うんうんとひたすらうなずいてる翠。
そんな騒ぎを背景に、
(……いーんだよ)
ぼんやり夜空を眺めながら、俺は思っていた。
(あの笑顔が見られたら、それで)
さっき「一椀」で見た、内側から発光してるみたいな椿さんの笑顔。
あれが見られたから、十分だ。今回の仕事。
(――かっこ、つけすぎかな)
後ろで結べるほど伸びた髪をかき上げて、俺はこっそり苦笑いした。
『それでは、ブルーの名前は一切出していないわけか。今回』
「ええ」
暗い部屋の中で、特徴のあるかすれた声が、翠のスマートフォンから流れてくる。
その夜、二階の一番奥にある自室で、翠はシアトルの別宅に滞在中の父親と電話で話していた。
『ターゲットはなし、真山との関連もなし。といって、単なる暇つぶしにしては少々危険だったようだが』
からかうように言われて、
「……そうですね。強いて言えば、境というあの産業スパイもどきの女性の転職先が、真山グループ系列ということくらいでしょうか」
いつも通りのクールな声で翠がこたえる。
『Y社のことか。とはいえ、今回はY社の不正を糾弾したというわけでもないようだな。せいぜい、ちょっとしたスパイ行為を阻止したという程度で』
楽しそうにくすくす笑っていた父が、静かな声でたずねた。
『――このまま、計画は中止か? 翠』
殺風景な翠の部屋の中、窓際に置かれた大きなデスクには、何台ものコンピュータと関連機器が置かれている。
その椅子を後ろ向きにして、背後の窓のブラインドの隙間から外を眺めていた翠が、
「……迷っています。正直なところ」
木製のブラインドから手を離すと目を伏せた。
「やはり、俺の自己満足のために、恒星たちを危険な目に遭わせるのは……」
珍しく言いよどむ息子に、
『――迷ってあたりまえだ。それでいい』
穏やかな声で父がこたえる。
「……でも。それでいいんですか? 父さんは」
翠が言いかけたとき、電話の向こうで何かが割れる音が響いた。




