【Case1】5.逢いたい笑顔 (1)
「椿さん、今日なんかきれい。いいことあった?」
「一椀」のテーブル席で、向かいに座ったミーコに顔をのぞきこまれた椿さんが、
「……もー、からかわないでよミーコちゃん」
箸を持ったまま、上目づかいで困ったように笑った。
言われてみれば、この前会ったときに比べて、全体的に生気があるというか。白い頬も、黒目がちな潤んだ目も、なんだか内側から光っているように見える。
「仲直りできたの? 彼氏さんと」
ニヤニヤするミーコに、
「……うん、落ち着いた。なんか、元の翔馬に戻ったみたい」
こくりとうなずいて、椿さんの口元が緩んだ。
なんでも、翔馬さんに急接近していた例の先輩社員が、先日突然退職したそうだ。結果、「つきものが落ちたように」翔馬さんは元に戻ったらしい。
「よかったですね」
椿さんの隣で微笑む翠に、
「ありがとう。この間は翠君たちに話を聞いてもらったおかげで、気持ちが整理できました」
椿さんが丁寧に頭を下げた。
黙って箸を動かす俺の横顔を、隣の席からミーコがちらりと見るのがわかる。
「これからは、ここに来るのもまた週末になるかも」
店内を見回す椿さんに、
「ふたりで、だよね?」
ミーコがたたみかけた。
「もー。ミーコちゃんはー」
文句を言いながらも、椿さんの目はずっと笑っていた。
「一件落着、はいいけどさあ」
「一椀」からの帰り道、暗い住宅街の中を歩きながら、ミーコが不満そうに口を開いた。
「全っ然、怪盗じゃなかったじゃん、今回。USBすり替えただけ」
「たまにはそういうこともあるさ」
さらりと翠がこたえる。
「翠君とこーちんは楽しそうだったけどさー。ずるくなーい? ふたりだけ、変装とかしちゃって」
「しょーがねーだろ。おまえまだ、家出中なんだし」
突き放した俺をフォローするように、
「だけど、今回の作戦成功は、全面的にミーコちゃんのおかげだよ。ありがとう」
翠が言い添えた。
確かに、ミーコが境さんの地元であのUSBメモリーをすり替えたからこそ、今回の作戦は成立したわけで。
今回俺らは、あのふたりの行きつけのバーで、ちょっとした小芝居を打っただけ。
(あーでも、あのモヒートはうまかったな)
俺はバーで翠に出されたカクテルを思い出す。
なんでも器用にこなす翠は、カクテル作りまでうまかった。ミントの葉っぱの爽やかな香りとラムの甘み、それにわずかな苦味と酸味が加わった、極上のハーモニー。
そしてこいつの、無駄に色っぽいバーテン姿。あのとき写真を撮っておいたら、大学の女子たちに高値で売れたに違いない。
六月に二十歳になった俺と違って、二月生まれの翠はまだ十九歳、酒は作っただけで飲んではいない。
しかし、なんでこいつにあの店貸し切ってバーテンさせてもらえるような人脈があるのかは、いつもながら謎だ。
「そういえば、あの女の人に渡したダミーのUSBって、何入ってたの?」
ミーコにたずねられた翠が、
「ああ、あれは」
くすりと笑った。
「ただの悪ふざけ」
「へー」
不思議そうにミーコがうなずく。
(悪ふざけ?)
独特だからなー、こいつのセンス。
眉間にしわを寄せた俺を、
「でもさあ。いいの? こーちん」
ミーコが振り向いた。
何が? と目だけでたずねた俺に、ポニーテールを振りながらミーコが言う。
「せっかくブルー総出で頑張ったのに、お宝的なもの全然ないんでしょ? 今回。便利屋案件じゃないからそっちの収入もないし、完全に赤字じゃん。
……おまけに、椿さんは元サヤ」
……最後のやつだよな? 俺に言いたかったのは。
「そういうこともあんだろ。たまには」
俺は軽く目を眇めて、猫みたいなでかい目を見返した。
別に、あれこれ語る気はない。けどもう、こいつらの前でとぼけるのは諦めた。
ダサくても、失恋してもいい。別に。
てか、なんでバレてんのよこいつにも。
「翠君のパクリじゃん、それ」
もー、と笑ったあと、ミーコが俺に続ける。
「いいの? 椿さん、他の人にとられちゃって」
……チビのくせに、いっちょまえに心配そうな顔しやがって。
ふっと目をそらして、俺は口を開いた。
「そーゆーのってさ」
気持ち、口角を上げる。
「……ちょっと、コーフンするかも。俺」




