表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/215

【Case1】5.逢いたい笑顔 (1)

「椿さん、今日なんかきれい。いいことあった?」


「一椀」のテーブル席で、向かいに座ったミーコに顔をのぞきこまれた椿さんが、


「……もー、からかわないでよミーコちゃん」


 箸を持ったまま、上目づかいで困ったように笑った。


 言われてみれば、この前会ったときに比べて、全体的に生気があるというか。白い頬も、黒目がちな潤んだ目も、なんだか内側から光っているように見える。


「仲直りできたの? 彼氏さんと」


 ニヤニヤするミーコに、


「……うん、落ち着いた。なんか、元の翔馬に戻ったみたい」


 こくりとうなずいて、椿さんの口元が緩んだ。

 なんでも、翔馬さんに急接近していた例の先輩社員が、先日突然退職したそうだ。結果、「つきものが落ちたように」翔馬さんは元に戻ったらしい。


「よかったですね」


 椿さんの隣で微笑む翠に、


「ありがとう。この間は翠君たちに話を聞いてもらったおかげで、気持ちが整理できました」


 椿さんが丁寧に頭を下げた。

 黙って箸を動かす俺の横顔を、隣の席からミーコがちらりと見るのがわかる。


「これからは、ここに来るのもまた週末になるかも」


 店内を見回す椿さんに、


「ふたりで、だよね?」


 ミーコがたたみかけた。


「もー。ミーコちゃんはー」


 文句を言いながらも、椿さんの目はずっと笑っていた。




「一件落着、はいいけどさあ」


「一椀」からの帰り道、暗い住宅街の中を歩きながら、ミーコが不満そうに口を開いた。


「全っ然、怪盗じゃなかったじゃん、今回。USBすり替えただけ」


「たまにはそういうこともあるさ」


 さらりと翠がこたえる。


「翠君とこーちんは楽しそうだったけどさー。ずるくなーい? ふたりだけ、変装とかしちゃって」


「しょーがねーだろ。おまえまだ、家出中なんだし」


 突き放した俺をフォローするように、


「だけど、今回の作戦成功は、全面的にミーコちゃんのおかげだよ。ありがとう」


 翠が言い添えた。

 確かに、ミーコが境さんの地元であのUSBメモリーをすり替えたからこそ、今回の作戦は成立したわけで。


 今回俺らは、あのふたりの行きつけのバーで、ちょっとした小芝居を打っただけ。


(あーでも、あのモヒートはうまかったな)


 俺はバーで翠に出されたカクテルを思い出す。

 なんでも器用にこなす翠は、カクテル作りまでうまかった。ミントの葉っぱの爽やかな香りとラムの甘み、それにわずかな苦味と酸味が加わった、極上のハーモニー。


 そしてこいつの、無駄に色っぽいバーテン姿。あのとき写真を撮っておいたら、大学の女子たちに高値で売れたに違いない。


 六月に二十歳になった俺と違って、二月生まれの翠はまだ十九歳、酒は作っただけで飲んではいない。

 

 しかし、なんでこいつにあの店貸し切ってバーテンさせてもらえるような人脈があるのかは、いつもながら謎だ。


「そういえば、あの女の人に渡したダミーのUSBって、何入ってたの?」


 ミーコにたずねられた翠が、


「ああ、あれは」


 くすりと笑った。


「ただの悪ふざけ」


「へー」


 不思議そうにミーコがうなずく。


(悪ふざけ?)


 独特だからなー、こいつのセンス。

 眉間にしわを寄せた俺を、


「でもさあ。いいの? こーちん」


 ミーコが振り向いた。


 何が? と目だけでたずねた俺に、ポニーテールを振りながらミーコが言う。


「せっかくブルー総出で頑張ったのに、お宝的なもの全然ないんでしょ? 今回。便利屋案件じゃないからそっちの収入もないし、完全に赤字じゃん。

……おまけに、椿さんは元サヤ」


 ……最後のやつだよな? 俺に言いたかったのは。


「そういうこともあんだろ。たまには」


 俺は軽く目を眇めて、猫みたいなでかい目を見返した。


 別に、あれこれ語る気はない。けどもう、こいつらの前でとぼけるのは諦めた。

 ダサくても、失恋してもいい。別に。


 てか、なんでバレてんのよこいつにも。


「翠君のパクリじゃん、それ」


 もー、と笑ったあと、ミーコが俺に続ける。


「いいの? 椿さん、他の人にとられちゃって」


 ……チビのくせに、いっちょまえに心配そうな顔しやがって。


 ふっと目をそらして、俺は口を開いた。


「そーゆーのってさ」


 気持ち、口角を上げる。



「……ちょっと、コーフンするかも。俺」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキングに参加しています。クリックしていただけたら嬉しいです(ぺこり)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ