【Case1】4.「危ない橋」もいろいろ (6)
「それに、あのUSB」
言いかけた翔馬を遮るように、
「ああ、あれ」
ジャケットの胸ポケットに手を入れた境が、
「返すわ」
取り出したUSBメモリーを、無造作に放ってよこした。
「うわっと」
翔馬はそれを両手で受け止める。
メモリー自体に大した価値はないが、なにしろ自分が部外秘の資料を流出した証拠品だ。
そんな翔馬を眺めていた境が、ふっと息をつくと目をそらした。首を軽く後ろにそらすと、右手でグラマラスな身体を抱くようにして、左耳に髪をかける。
「どういうつもりだか知らないけど。さすがだよね、本郷君。用心深くて」
「……え?」
ひややかな口調で言われて、意味がわからず翔馬は先輩の顔を見返した。
「さよなら」
虫けらでも見るような目で翔馬を見た境が、ちょうど到着したエレベーターに乗り込む。
「境さん。あの僕、何のことだか」
懸命に言う翔馬にはもう目もくれず、境はエレベーターの中で無表情に腕を組んだ。
周囲の乗客たちが、翔馬にちらちらと好奇の目を向ける。
翔馬の目の前で、エレベーターの扉が静かに閉まった。
~・◆・~・◆・~
(どういうことだ?)
その日の午後は、正直仕事にならなかった。
(境さんのあの態度。それに転職って……)
翔馬は自分のデスクで、ひとり頭を抱える。
ひょっとして自分は、とんでもないミスを犯してしまったのではないだろうか。
思いきって、人事部の境の席まで行って、もう一度じっくり話をするべきかもしれない。
だが、他の社員もいる中で、押しの弱い自分にそんなことができるのか。そもそも、お世話になった先輩を疑うなんて。
これまでにあのバーで見せてくれた、境の優しい笑顔と親しげな仕草。
金曜の夜に耳にした、隣の派手な客とバーテンダーのやりとり。
そして、境の話をするたびに「なんかおかしいよ、その人」と指摘されるのがうっとうしくて、最近連絡が途切れがちな、学生時代からの彼女の生真面目な顔。
様々な思いと記憶が、頭の中で渦を巻く。
途方に暮れる翔馬のデスクに、アルバイトの女性が今日届いた郵便物を運んできた。
その中にあった、差出人に心当たりのない白い封筒に翔馬の目がとまる。
「――なんだこれ」
なにげなく開くと、中からUSBメモリーが転がり出てきた。
「……俺のだ、これ」
翔馬の顔色が変わる。
表面についた、小さな傷でわかった。金曜日に自分が境に渡した、部外秘の議事録データの入ったメモリーだ。
念のためパソコンで開いてみると、データは自分が保存したときのままだった。
(……それじゃ、さっき境さんに返されたあれは)