【Case1 消された銀河と怪盗ブルー ~秋は家出にもってこいの季節~】 1.怪盗ブルー登場 (1)
柔らかな絨毯が、足音を吸い込む。
深夜二時。青みを帯びた闇に沈む、美術館の展示室。
肉眼で見えるのは、非常灯に照らされたわずかな範囲だけだろう。暗視ゴーグルのおかげでそこそこクリアな視界の中、俺はターゲットとおぼしき展示ケースの前に到達した。
ゴーグルをずらし、持参したライトで目の前のケースを照らすと、飾られた二つの「宝石」がきらめく。
――ビンゴ。
そのとき、イヤホンにクールな声が届いた。
『――予定通りだ。準備はいいか?』
(はいはい、っと)
返事のかわりに、胸元につけたマイクを二回タップ。今回の現場では、極力声を出さないよう言われている。
『――三、二、一』
イヤホンからのカウントダウン。
『Go』のタイミングで、俺はケースに鍵を差し込んだ。
(……ん、いい子)
ガラスの展示ケースは音も立てず、初対面の俺に素直に身体を開く。
取り出した二つの石を胸のポケットに放り込むと、俺は走り出した。
『そこで右。その先を左』
イヤホンからの指示に従って、監視カメラを避けながら進む。
「警備員」は建物の反対側を巡回中だし、ニットキャップから靴まで全身黒の俺は、監視カメラのモニター越しならよほどのことがない限り気づかれないはず。
辿り着いた階段を一気に駆け上がる。目標地点まで、あとわずか。
『……さすが、いいタイムだ』
イヤホンに届く、あくまでクールな翠の声。
(わかってねーな)
俺は走りながら無言で顔をしかめる。
余裕だわ、こんくらい。部活辞めて筋肉が落ちたとはいえ、ゴーグルとキャップがなきゃ、もっと。
とはいえ今回の仕事は、この賢いゴーグルちゃん(暗視の他に生物の体温感知もできるのに加え、内蔵したカメラで周辺映像を外部=翠に送っているらしい)抜きでは考えられないわけだけど。
「……はっ」
さすがに息を弾ませながら、ようやく屋上に出るドアの前に着いた。手にはめた指ぬきグローブで、額ににじんだ汗をぬぐう。
用意していたキーで解錠し、カメラ以外のゴーグルの機能をオフにすると、重いドアの隙間から外に滑り出る。
即施錠して、打ち合わせ通りドアに身を寄せて腰を落とした。
心地いい夜の空気の中で、汗がひいていくのを感じる。
月も星も雲に隠れた、九月の末の夜。深夜とはいえ、都心の一等地にある美術館の屋上は、あちこちの光源からの光でうっすら明るい。
耳を澄ますと、道路を走る車の音がかすかに聞こえる。
と。
「怪盗ブルー! おまえは、完全に包囲されている!」
突然、マイク越しのおっさんの声が、静寂を打ち破った。
同時に、地上から発せられたらしい何本ものサーチライトが、目の前の屋上の床を這い回り始める。
(……は?)
なんだこれ? 「怪盗」?
俺は思わず腰を浮かしかけて、慌ててしゃがみこむ。仕事はまだ、終わっていない。
「やい、ブルー! 貴様、なあにが予告状だ! 警察を馬鹿にするなー!」
あたりに響きわたるおっさんの割れた声に紛れて、
「け、警部、その名前を出すのはまだ! 報道規制が」
「田崎警部、被害はまだ確認されておりません!」
おっさんの部下なのか、もうちょい若そうな男たちがそばでひそひそ言ってるのまでマイクが拾う。
警察? 警部なのか? あのおっさん。