ダンゴムシボール
星屑による星屑のような童話。
お読みいただけたらうれしいです。
さいごの授業が終わって、やっと放課後になった。
机の片づけもそこそこに、春のぽかぽかしたおひさまの光の中をくぐるようにして、ボクは校庭のすみっこにある花だんへとやって来た。
なぜって? それはね――。
先週、クラスのみんなで植えたヒマワリの種に水をやるためなんだ。
今日が、ボクの『水やり当番』の日、だったから。
【2年1組】
そう書かれた小さな看板が、ボクのクラスの花だんの目印だ。
本当は、花だんにたっくさんのヒマワリを育てて、黄色い花でできた『迷路』を作りたかったんだけれど、担任の加藤先生がころころと笑いながら「この花だんの大きさではムリよ!」といったので、みんな、迷路はあきらめたんだ。
でもさ――。
迷路とまではいかなくても、学校のみんなから「わあ、きれい」といってもらえるようなりっぱな花だんになるといいな。
そんなステキな花だんになることをねがいながら、ボクは水のたっぷり入った『じょうろ』をかたむけて、花だんの土に水をまいた。
すると茶色だった土が、水をかけたところだけがなぜか黒くなった。
――水にぬれると、どうして色が変わるんだろう。
首をかしげながら、ついついそんなことを考えてしまう。
そんなときだった。
黒くなった土の上に、何やらもぞもぞと動くものを見つけたのは。
よく見ればそれは、1円玉よりも小さな生きもの――ダンゴムシだった。
「うわ、ダンゴムシだ!」
思わず、はしゃいでしまう。
だってボク、ダンゴムシが大好きなんだもの!
あんなに重そうな『よろい』を身につけてるのに、ちょこまか動きまわったり、いざとなったらまん丸になって身を守るんだもの……。すごくない?
ダンゴムシを右手でひょいとひろいあげ、そのままそれを左のてのひらの上にのっけてみる。
するとそれは、くるりんと丸まったきり、動かなくなった。
まさに、ダンゴムシでできたボールだ!
なんだかおもしろくなってそのままじっとながめていたら、ボクのうしろの方から声がした。
「おい、健太郎。おまえ、水やりをさぼって何やってんだよ!」
同じクラスの浩二だった。
いつも同じクラスの男子たちとケンカして、加藤先生におこられてばかりいる。でも本当は、先生になって3年目というお姉さんみたいな先生が大好きで、わざとおこられてるんじゃないのかな。
「なんだよ、うるさいな。さぼってなんかないよ。ダンゴムシが出てきたから、てのひらの上で観察してたんだ」
「ほう、ダンゴムシか……見せてみろよ」
なんだかんだいって、楽しそう。
きっとボクと同じで、浩二もダンゴムシが好きなんだろう。
二人そろってボクのてのひらの上のダンゴムシをながめていると、急に何かを思い出したように、浩二がいった。
「健太郎、おまえ知ってるか? ダンゴムシ伝説のこと」
「ダンゴムシ伝説!? なに、それ……聞いたことないよ」
「なんだ、おまえ知らないのか」
鼻の下を指でこすりながら、浩二が自慢げに話し出す。
「くるっと丸まったダンゴムシ――つまりは『ダンゴムシボール』を七つ集めると、なんでも願いがかなうっていう、伝説のことさ」
「ダンゴムシボールぅ?」
龍の神さまが地球にばらまいたボールを七つ集めると願いがかなうっていうテレビは、見たことがある。だけど、花だんに埋まっているダンゴムシを丸めて七匹集めたら願いがかなうなんて話は、初めて聞いたよ。
「マンガとかテレビアニメじゃあるまいし、そんなことあるわけないじゃん」
「えー、おっくれてるう。そんなことも知らないんだ、健太郎は。かわいそうに」
浩二が、ふふんと鼻でボクをわらう。
「まあ、いいや。信じるかどうかは健太郎しだいさ。とにかくオレは教えたからな。どうするかは、おまえにまかせるよ」
そういって、浩二はどこかに行ってしまった。
ボクはだまされないぞと思いつつも、なんだかすごく気になってしまって、ダンゴムシをついつい探してしまう。
あっちをほじってみたらどうかな……って、二匹目発見!
いたいた、ここにも。これで三匹。
うーん、ただの石ころだな……と思ったら、その下に四匹目みっけ!
ええ!? こいつ自分から外に出てきたぞ、五匹目。
おっと、あぶなく踏んじゃいそうだったけど、つかまえた。これで六匹!
こうやってつかまえたダンゴムシ六匹が、ボクのズボンのポケットになかよくおさまった。
けれどそのあと、いくら探してみても七匹めが見つからない。
どうせ浩二の話なんかウソだろうし、日も暮れてきちゃったし、そろそろあきらめようかな――なんて思っていたら、また、ボクの後ろから声がした。
でも今度は浩二なんかじゃなくて、同じクラスの茜ちゃんだった。
「何やってんのぉ、健太郎君。もう、下校時間だよ」
「あ、茜ちゃん! えーと、あのお、そのお、ちょっとダンゴムシを探しててさ……」
それを聞いた茜ちゃんの眉毛がぴくぴくと動いて、ちょっとふきげんな顔になった。
「もしかして健太郎君、浩二君に『ダンゴムシを七匹集めると願いがかなう』とかいわれたんじゃないの?」
「え、まあ、そうだけど……」
「もう、しょうがないなあ、浩二君は……って、ダンゴムシ、みーっけ!」
キラリと光った茜ちゃんの目が見つけたのは、一匹のダンゴムシ。
すばやい動きでつかまえた茜ちゃんが、ボクのてのひらの上にそれをのっけてくれた。
「はい、まん丸ダンゴムシ。これで何匹になったの?」
「ちょうど、七匹だよ」
「すごい、すごい。七匹集まったんだね! ……じゃあ、いいことあるかもよ」
「う、うん。そうかもね」
「いや、そんなことないか……。だって、あの、浩二君がいってることだもんね」
といって、けらけら笑った茜ちゃん。
ボクは急いでポケットにいた六匹を取り出し、左のてのひらの上で、七匹のダンゴムシに集会をひらかせた。その七匹すべてが、くるんと丸まっている。
そしてそれは、まさに七つの「ダンゴムシボール」がそろった瞬間だった。
茜ちゃんがいった。
「とにかく、もう帰る時間だよ。いっしょに帰ろう」
「うん!」
――伝説は、ウソじゃなかった。
だって、茜ちゃんとなかよくなりたいっていうボクの願いが、こうしてかなったんだもの!
おしまい
お読みいただき、ありがとうございました。
他の皆様の作品は、下記のバナーからどうぞ!