竜騎士様のもとへお宅拝見に行ったら、理想のお家がありました③
「いいじゃないか。せっかくだからご厚意に甘えて、次にデッケン伯のお屋敷へ伺う時は、ジャンもサーリアも一緒に行こう。
デッケン伯は賑やかなのが好きな方だ、きっと歓迎してくれるよ」
このザックの提案に、手を叩いて喜んだのはリリーだった。
「いいですわね、ぜひ両家で交流会をしましょう!!
うちの酒蔵には、百人の酒豪が百日かけたって飲みきれないくらい沢山のお酒が置いてあって、お父様は振る舞いたくてしょうがないんだから。……あ」
そういえば、まさにその酒蔵から父自身が吟味して選りすぐったザックへの手土産が、乗ってきた馬車へ積んだままにしてあることを、今更ながら思い出した。
慌てて振り向くと、その手土産の酒類を詰めた箱を両手に抱えたジェンナが、こちらへ歩いてくるのが見えた。
いかにも重そうな木箱の上には、自分が持ってきたバスケットも乗っていて、リリーと目が合うとジェンナはやれやれといった感じで苦笑いしてみせる。
「もう、お嬢様ったら、ザック様のお顔を見た途端に飛び出しちゃうんだから……お熱いのは結構ですけれど、ちゃんとしてくださいな」
ばつが悪いやら恥ずかしいやらで赤くなりながらリリーは、ゴメンナサイと小さな声で謝って、木箱の上にあるバスケットを手に取った。
「あの、ザック様、これ……」
おずおずと差し出すと、ザックは小首を傾げた。不思議そうにしているその顔を見て、急に不安になってくる……準備している時はこれ、すごく楽しかったけれど、いざ渡すとなると急に自信なくなる……でもここで引っ込める訳にはいかないし。
もう、どうにでもなれだわ。
破れかぶれといった心情で、リリーはザックへバスケットを突き出す。
「ブランデーソース入りのミートローフと、ジンジャークッキーです。
この前お手に触れた時、指先が冷たかったので、内側から温まるものをと思いまして……両方とも私が作ったので、お口に合うかどうか……」
「え、リリー様が、手作りで?」
ひどく驚いたザックに、リリーは頷く。
やっぱり余計なお世話だったかしら、母親じゃないんだから、と反省しかけたが、ザックはフッと笑って、手を伸ばしてきた。
「お心づかいに感謝します」
「……お嫌いじゃないといいんですけど……」
「どちらも好物ですよ。というか俺は、何でも食べます。
戦場では好き嫌いなんて悠長なこと、言ってられませんでしたから」
冗談めかして礼を言ってくれるザックに、ほっとしながらバスケットを渡す。
あとはジェンナが持っている酒をどうにかしないと。
「こっちの箱には、父がザック様とお家の方々へぜひにって、ワインと林檎酒、それにブルーベリーやサクランボのお酒が入っているんですけれど、どこへ置きましょう?」
「それは有り難い。俺もジャンも酒は好きなので……家の中に食糧の貯蔵庫がありますから、そっちへ案内しましょう。
どうぞこちらへ……えっ、と」
ザックの視線を受け、酒の箱を持っているジェンナは、深めに頭を下げた。
「ジェンナと申します。どうぞお見知りおきを、ザック様」
「こちらこそよろしく、ジェンナ。それじゃ、立ち話も何ですから、リリー様もどうぞ。
狭い家ではありますが、上がっていってください」
「はいっ」
元気良く返事したリリーは、子供のようにはしゃぎながらザックの後について、レンガ造りの家の扉をくぐった。
* * *
バスケットの中から漂う甘い香りに誘われ、蓋を開けてみると、きれいな円形のクッキーが現れた。
真ん中から二つに仕切られているバスケットの中身は、右側に白いパラフィン紙でくるまれたミートローフとおぼしき塊、そして左側にはざっと数えて二十枚ほどの茶色いジンジャークッキーが、二列に並べられて入っていた。
リリー嬢に家の中を案内する前に、これは台所に置いておこうと思って持ってきたザックだが、運んでいる間につい、焼き菓子から立ち昇る良い匂いの誘惑に負けて蓋を開けてしまった。
今、リリー嬢はザックが雇っている使用人達と一緒に居間で待たせてあるし、彼女のお付きであるジェンナという女性は台所の隣にある食糧貯蔵用の納戸で、土産の酒を下ろしている。
そんな次第でひとり台所に佇むザックは、親の目を盗んでつまみ食いをする子供に戻ったような気分でクッキーを一枚掴み、齧ってみた。
いくら近いうちに結婚する予定の相手で、実家から連れてきた侍女も傍に着いているとはいえ、嫁入り前の淑女であるリリー・アルシェ嬢が、独り身の男の家で長い時間過ごすのは大変よろしくない。
だから明るいうちに帰さねばならない訳で、その前にせっかく作ってもらった手料理の感想を伝えておくのも、婚約者としての大事な役目。
つまりこれは試食、彼女との仲を深めるために必要なことなんだ、とつまみ食いの言い訳を内心で長々としつつ、口に入れてみたクッキーは、美味という他なかった。
一口噛むと同時に様々なスパイスの刺激と、濃いめにつけられた甘みが口に広がり、生姜の香りと風味が後を引く。
サクッと軽くて歯応えも良く、最初の一枚はすぐに胃の中へ消えた。
ついつい二枚目に手を伸ばし、それも食べきったところで、このままではすべて平らげてしまいそうだから急いで蓋を閉めた。
見た目からして中々の腕前だと感じたが、リリー嬢はかなりの料理上手らしい。
これはミートローフのほうも楽しみだ。
上機嫌でバスケットを調理台の上へ置き、台所から出たザックは、居間へ戻る前にまずは隣の貯蔵庫へ向かうと、開きっ放しの扉から中で作業しているジェンナへ声を掛けた。
「何か手伝いましょうか?ジェンナ」
「いいえ、大丈夫ですよザック様。適当に置かせてもらってますけど、もう終わります」
酢漬け野菜の瓶詰や乾燥豆が詰め込まれた袋などが並ぶ大きな棚の前で、空いている場所に酒瓶を並べながら、ジェンナは笑顔を返してくれる。
重い酒瓶を片手でヒョイヒョイと扱う彼女の力強さや、キビキビした働きぶりには、いたく感心する。
女性ながら筋骨逞しい体つきをしているし、小間使いでありながらご令嬢の身辺警護をも兼任しているという話なので、おそらく武芸においては素人ではあるまい。
「失礼ですが、どこかで武術の訓練を受けたことが?」
好奇心から訊ねてみると、ジェンナはええ、と答えて頷いた。
「もう十年以上も前ですけれど、兵士として働いていました。
前線で戦ったことはありませんけど、その時に剣術とか近接格闘とか、一通りの訓練は受けまして。おかげでこんな体になりましたわ」
むんっと右腕を曲げ、大きく盛り上がった力こぶを作ってみせるジェンナを、ザックは見苦しいなどとは感じない。
こんなに頼もしい女性が護衛ならば、デッケン伯も安心して娘を任せられるだろう。
それをなるべく丁寧に伝えると、ジェンナは嬉しそうに笑ってくれた。




