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ご令嬢へ電撃求婚した竜騎士、ご父君へ挨拶にいく④

「ウチの婿が竜騎士、戦場の英雄。

 こりゃあ孫は凄腕の剣士になるか!?それとも弓の名手、剛腕怪力の豪傑ってのもいいな!!」


「だから!!気が早い!!ですわ!!!」


「すまん、すまん。だけどお前も大した孝行娘だぜ。三国一の婿が来たぁ~~~」


 娘の怒りなどまったく意に介さず、半分歌っているような口調で喋りながら玄関に着くと、デッケン伯は首を捩じってこちらを振り向いた。


「そうだザック殿、お茶の準備が済むまで、ちょいとばかり俺のコレクションを見てくれねえか?」


「コレクション?」


「ああ。剣とか盾とか、観賞用のやつを集めてるからよ。ちょっと見てみて感想くれや。

 リリー、ビル爺さんに言って、客間でお茶の準備しといてくれ。一番いい部屋な」


「また執事をそんな風に呼んで。お客様の前ですよ……まあいいわ、わかりました。

 お茶が用意できたら呼びますから、くれぐれもザック様に失礼のないようにお願いしますね」


 それではまた後で、と優雅に会釈した令嬢が廊下の向こうへ歩き去ると、デッケン伯は反対の方角へ足を向ける。


「さ、こっちだ。ついて来てくれ」


「はい」


 楽しげな主人に案内され、広い館の中を進む。


 まるで迷宮のような造りの通路だ。

 夥しい数の扉の前を横切って、幾度か角を曲がり、奥まった所にある小部屋へ通された。


 小部屋といっても一般的な住宅の居間くらいの広さはあり、壁や硝子を嵌め込んだ陳列棚の中に、これでもかというくらい摸造刀や盾、戦斧に弓矢なんかが並んでいる。


 柄に宝石があしらってあったり、やじりが水晶で出来ていたりと、どれも豪華で美しいが、刃は鈍いし持ち手の耐久性も低そうだから、戦いには使えない。


 だが鑑賞用なら、これで正解か。眺めるだけなら綺麗なほうがいいに決まってる。


「どうだ、俺のコレクションは―――……」


 ザックにはいまいち価値がわからないが、美しいし高価なのは間違いない。

 だからひとまず、素晴らしいですねとでも言っておこうとしたのだが。


「君から見れば、バカバカしいもんだろ?」


 はっとして顔を向けると、デッケン伯は口元で微笑みつつも、悲しげな目をしてふうっと大きく溜め息をついた。


「俺ぁ若い頃、君みたいな騎士になるのが夢でな。でもこの足だろ?剣を振るうどころか階段を昇るのすら一苦労でよ。


 それならせめて少しでも金を稼いで、勇敢な兵士達を金銭面で支援できればって、親父と一緒にガムシャラになって頑張ってきてよ、気づけば金にだけは困らない立場になってたが、それも虚しいもんだ。


 いくら金を積んだところで俺はただの足の悪い田舎貴族で、伝説の英雄や、君みたいな誉れ高い騎士に憧れたって馬にすら乗れねえ……


 だからこうやって玩具の武器を集めて、自分を慰めてんのよ。バカみてぇだろ?」


 寂しげに発育不良の足を見つめながら、自虐するデッケン伯の、どこが愚かであるものか。


 ザックは忘れていない、前線に届いていたデッケン伯からの心づくしの物資、それに少なからぬ支援金のことも。


「……おれは、世間から“グリフィン殺し”などと大層な名前で呼ばれていますが、あの作戦は軽量化した最新の鎧が大量に無ければ、成功しませんでした。

 それを用意できたのは、あなたからの支援があったからです」


 俯いていた顔を上げ、こちらを見たデッケン伯の表情からは笑みが消えていたが、瞳に浮かんでいた淋しげな色は薄れている。


 その事実に少し安心して、ザックは更に続けた。


「それだけではありません。デッケン領から定期的に送ってくれていたワインやリンゴ酒、焼き菓子などの嗜好品に、皆どれほど心を救われていたか。


 あなたが居なければ、国防戦線はもっと荒んで希望のない場所になっていたでしょう。

 だからどんなに感謝しても、足りないくらいです……


 たとえ戦場へ足を運んだことはなくとも、あなたは間違いなく我々の恩人、そして戦友ですよ、デッケン伯」


「…戦、友………」


 噛み締めるようにその言葉を繰り返したデッケン伯は、零れそうになった涙を堪えるため、ズズッと音を立てて鼻を啜った。


「へへ、本当に、できた男だな君は。娘も良い人を見つけたもんだぜ」


 照れ笑いしながらそこまで言うと、デッケン伯は真剣な顔つきになり、改めて正面からザックを見据えた。


「ザック殿、俺はこの通り、その場の勢いと直感で生きているような男だ。

 なのに娘の結婚に限っては、打算で決めちまったもんだから気にしてたんだが、案の定、妙なことになっちまった。


 こうなった以上、娘の名誉の為にも侯爵家にはそれなりの責任を取らせるつもりだが、君と縁が出来たことは本当に嬉しく思っとる。


 リリー・アルシェは、まあ絶世の美女ってわけじゃねえがよ、それなりに可愛いし母親に似て思慮深く賢い娘だ。

 他に子供のいねぇ俺にとっては、この世で一番大切な、かけがえのない宝物だ。


 だからどうか、幸せにしてやってくれ。娘を……よろしく頼みます」


 貴族でも富豪でもなく、ひとりの父親としてデッケン伯から深く、丁寧に頭を下げられ、ザックはすぐには答えられなかった。


 求婚は思いつきでの行動に過ぎず、大切なお嬢様の相手として、自分が相応しいとは思えない。


 先ほど、見合いの申し込みは数多く来ていると聞いたし、俺のことは捨て置いてその中から条件のいい方を見つけるべきではないだろうか。


 ガーデンパーティーでのご令嬢は色々なことが起こりすぎて冷静ではなかったし、あの場ではザックの求婚を受けたものの、改めてそちらから断ったということにすれば、リリー嬢の名誉も守られるだろう。


 そう提案し、潔く身を引くつもりだったのだが。


「…俺は、リリー・アルシェ嬢ほど美しい女性ひとを知りません。

 あなたが唯一無二の宝として慈しむ心もよくわかりますし、彼女との結婚を許していただいて、今どれほどの大きな喜びの中にあるか、上手く伝えられない自分の至らなさを、歯痒く思っている次第です」


 口から出てきたのは、そんな言葉だった。


「こんな頼りない俺に、どこまでのことが出来るかはわかりませんが、ご令嬢を妻に迎えた暁には、彼女が心安らかで幸福な日々を過ごせるよう、父上に代わって尽力する所存です。


 だからどうぞ、頭をお上げ下さい。

 世界一素晴らしい女性との結婚を許していただいて、礼を言わねばならないのはこちらのほうなのですから」


 穏やかに語るザックに乞われ、デッケン伯が頭を上げる。視線を合わせた二人の顔に、温かな微笑みが浮かんだ。


「ふふ……どうやらウチの娘は、たいへんな幸運の持ち主らしい。

 バカな親が結んだ、しょーもない与太息子との縁をぶった切って、自分の力で大物を釣り上げちまった」


 先に口を開いたデッケン伯に、幸運なのは俺のほうですと答えようとしたら、小部屋の扉がノックされた。


「おう、入れ」


 主が声をかけると、静かにドアが開き、面長で上品な白髪の老人が顔を覗かせ、室内の二人に一礼する。


「旦那様、騎士殿。お茶が入りました」


「そうか。ありがとな、ビル」


「いえ、私は何も……本日のお茶はリリーお嬢様が手ずから淹れたもので。

 茶葉も、一緒にお出しするお菓子も、お嬢様がお選びになりました。


 リリーお嬢様は非常に熱心に準備されまして、時間があればご自分でお菓子を焼きたかったとすらおっしゃっていましたよ」


 ビル爺さんこと老執事からの何とも可愛らしい報告を受け、デッケン伯は太鼓腹を揺らして豪快に笑う。


「あいつめ、俺には気が早いとか言っておきながら、自分はすっかり若奥様気取りか、しょうがねえな。


 それじゃ婿殿、客間へ行こう。リリーが淹れてくれたお茶、飲んでやってくれや」


「ええ、もちろん。喜んで」


 何だか信じられない事態になってしまったが、ここまで来たら勢いに乗ってみるのも悪くないかもしれない。


 どうやら自分にはもったいないくらいの良き妻を得られる運びになったザックは、今日初めて会った未来の義父と共に、摸造の武器が並ぶ小部屋を出た。


 

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