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ご令嬢へ電撃求婚した竜騎士、ご父君へ挨拶にいく③

 令嬢の呼びかけに反応し振り向いたのは、剪定用のハサミを持ちつばの広い帽子を被った、恰幅のいい中年男性。


 小さめの酒樽が、そのまますっぽり入っているんじゃないかというような見事な太鼓腹に、きれいに整えた栗毛と立派な口髭が印象的な人物で、令嬢を見ると目を細めて微笑んだ。


「おー、リリー。もう帰って来たんか、早かったな。さっき出かけたばっかりじゃねえか?」


 これが、デッケン伯か。


 気取らない言葉遣いに、素材は上質だが飾り気のない、農夫のような服装。

 いくら庭仕事中とはいえおよそ貴族らしくない男性だが、下品な雰囲気はまったく無いし表情は柔和で、親しみやすい人だ。


 よく見れば太ってはいても顔立ちは整っており、瞳の色と目の形、鼻筋なんかに令嬢の面影が見える……いや、容貌についてはリリー嬢が父親から受け継いだものなんだから、この表現は変か。


 どうでもいいことを考えているザックの横で、リリー・アルシェは眉を顰め、父親譲りの茶色い瞳でデッケン伯を睨む。


「もぉ、また庭木をグチャグチャにして。

 せっかく腕の良い庭師を雇っているのに、これじゃ意味がありませんわ」


 確かにデッケン伯の手元、ハサミを入れられたライラックの木は、たいへん悲惨な形に切り刻まれているが、伯はどこふく風でガハハと笑う。


「そうか?今日はなかなか上手くいったと思うんだがなぁ。ウサギの形に切ってみたんだけどよぉ、見えねえか?」


「どこがなの!?どう見たって誰かが食べ残してそのままカビたパンとか、そんなんですわ!!」


「だっはは、口の悪りぃ娘だな、さすがは俺の子だぜ。ところで、パーティーはどうだった?楽しかったか」


「ん~~……まあ、料理や飲み物は種類豊富でとても美味しかったし、庭も手入れされていて、飾ってあるお花やテーブルクロスなんかも華やかで、良い会だったと思いますわ。


 レナード様が私に、いきなり婚約破棄したいなんて言い出さなければ」


「あん?」


 さすがに聞き咎めたデッケン伯は、笑顔を消して娘に向き直った。


「リリー、お前、いま何て言った?御令息が、どうしたって?」


「だから、婚約破棄ですわ。お美しい男爵令嬢のミレーヌ様と結ばれたいので、私との結婚は無しにしてほしいのですって。

 お金で愛は買えないとか何とかおっしゃってましたわ」


「あぁぁぁぁあん!!?どういうことだそりゃ!?

 あの借金まみれな侯爵家の四男だか五男だかが他の女に走ったばかりか、俺の一人娘に、大勢の前で恥かかせやがったってのか!!?」


「別に私は恥とも思っていませんけれど、客観的に見ればそうなりますわね」


「んだとコラ!!見た目しか取り柄のねぇボンクラ息子が、どんな神経してやがんだ!!」


 冷静な娘とは真逆に、デッケン伯は顔を真っ赤にして怒り狂う。

 もしこの場に令息がいたら、殺されるまではいかなくとも、あのハサミで頭髪を虎刈りにされるくらいのことはされていただろう。


「まったく、あの野郎、自分を何様だと思ってやがんだ!?

 侯爵が婿に入ったら煮ても焼いてもいいから、お前の夫にしてやってくれってペコペコ頭下げてきたから、縁談を組んでやったのに!!テメェが選べる立場か!!」


「え…レナード様とのご縁談て、そんな奴隷契約みたいなお話でしたの?引きますわ~~」


「当ったり前だろ、ウチに婿入りしたいっつって、お前への見合い話なんか腐るほど来てんだよ!!


 侯爵家なら血筋、家柄に申し分ねえし、借金を肩代わりしてやりゃあこっちが主導権を握れるから、お前が向こうの家族からイビられることもないだろうって親心から選んでやっただけだっつーの!!


 それを、ヘナチョコの若造が勘違いしやがって。男爵令嬢と一緒になるだぁ?

 いい度胸じゃねえか、売られた喧嘩は買ってやらぁ。土地も家財も巻き上げて、王都に住めなくしてやる!!」


「落ち着いてください、お父様!!

 私はもうレナード様も侯爵家もどうでもいいですし、代わりにもっともっと、比べ物にならないくらい素敵な方とご縁ができましたから。

 あまり酷いことはしないでちょうだい」


「あ?」


 そこまで聞いてようやく、デッケン伯は娘の後ろに立つ見慣れない男の姿に気づいた。

 少し落ち着きを取り戻したはいいが、目つきだけは厳しいままでザックを睨みつける。


「おー、誰だこのデケぇのは?」


「もう、いきなり失礼なこと言わないで。

 この方が居なければ、あの場で私はどうなっていたか。

 本当に御令息から言われたい放題だったんだから」


 ちらっと令嬢から目配せされ、ザックは一歩進み出る。

 まずは不審そうな表情を崩さないデッケン伯へ、深めに一礼した。


「初めてお目に掛かります、デッケン伯。

 この度は身の程知らずにも、リリー・アルシェ嬢へ結婚を申し込ませていただきました、ザック・ダ・トルスと申します」


「ザック・ダ・トルスぅ?」


 不自然な語尾の伸ばし方からして、呆れているに違いない。苗字を持たない平民ごときが、高貴なご令嬢を妻に欲しいと申し出ているのだから当然だろうが、一応、竜騎士の称号を持っていることは伝えておくか……


「お、お、おいおいおいおい、まさかアンタ、竜騎士の?“グリフィン殺し”のザックか!?」


 あ、知ってた。


「いかにも、国王陛下より竜騎士の称号をたまわり、世間からはそう呼ばれています。

 まさかご存じとは、光栄の極みです」


「おおおぉぉ~~~~、知ってるも何も、百年に一度の戦士と評判の男じゃねえか。

 本人?ほんとに本人なのか!?」


 興奮しているデッケン伯が口にした“グリフィン殺し”とは、間違いなくザックが戦場で得た異名だ。


 先年、国境へ侵略してきた遠国の軍が使っていた恐るべき殺人兵器、鷲の頭を模した砲台から業火を吐く最新の戦車『グリフィン』を装備した大部隊を、わずか500人の軽装兵のみで撃破したことが由来になっている。


 といっても、戦車グリフィンの攻撃範囲にギリギリ入らないぐらいの距離で動き回って敵を引きつける、という単純な陽動作戦で炎を吐かせ続けて燃料切れを狙い、積んでいる可燃性の油が尽きたところを見計らって叩く、という誰でも思いつきそうな計略を指揮しただけだ。


 たくさんの味方兵が犠牲になったし、勇敢な部下達の死を厭わない働きが成功に導いてくれた無茶な作戦で、ザック一人の力では決して成し得なかった。


 だから自分はそんなに大した人間ではない、ということをざっくり説明すると、デッケン伯は幻滅するどころかますます喜んだ。


「おお~~、さすが、第一線で戦う騎士は心得が違う。一国を救う働きをしたのにその謙遜ぶり、竜騎士に選ばれるだけはある。


 評判通りの大した男じゃねえか、本当に婿になってくれんのか?ウチの娘を嫁にもらってくれるんか!!」


 どうも今日は予想していたのとは真逆に、事が進んでいく。

 この状況で首を横に振れるはずもなく、ザックはしっかりと頷いた。


「はい、あなた様より、許しを貰えましたら」


 ザックの答えに、デッケン伯は両手を上げて歓喜した。


「許すも何も、こっちから土下座して頼みたいくらいだ!!こりゃ夢じゃないよな?娘の夫が、あの“グリフィン殺し”のザック……


 信じられん、うわ、そうだ、式場!!どうせだから一番でっけぇ大聖堂を押さえるぞ!!


 あと、お披露目の宴には、王都じゅうから選りすぐりの料理人を集めて、千人かかっても飲みきれないくらいの酒を用意して……こりゃ、忙しくなるなあ!!」


「お父様、気が早すぎます!!」


 夫婦になる二人は置いてけぼりで、性急に話を進めていく父に焦っている娘を尻目に、デッケン伯は小躍りせんばかりの勢いで歩き出す。


「よーし、まずは祝杯だ!あのワインを開けるか、『聖女の膝枕』!!

 千房の葡萄を搾っても、やっと三滴醸造できるかわからないってやつ」


「そ、そんなご大層な物をいただくわけには……まだ昼間ですし、お茶で結構ですよ」


「がはは、遠慮深い婿殿だぜ。まあいい、それじゃお茶だ!確かいい茶葉を色々と買ってあるはずだ」


 上機嫌で館に向かうデッケン伯の足取りを見て、わずかに右足を引き摺っていることに気づく。


 よく見れば左足より右足のほうがだいぶ小さく、足首が少し捻じれているから、事故ではなく生まれつきの障碍だろう。


 さほど歩行に支障はないようだが、きっと財を築くまではひどい偏見を受け苦労してきたに違いない。


 しかしそんなことはまるで感じさせない陽気さで、デッケン伯は館を目指して進み続ける。

 


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