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ご令嬢へ電撃求婚した竜騎士、ご父君へ挨拶にいく①

 * * *


 ……いったい俺は、何をしているんだ?


 前を行く馬車を、馬に乗って追いかけながら、竜騎士ザックは自分のしでかしたことについてつらつらと考えを巡らせる。


 事の発端はそう、ザックの恩人にして上司でもある元騎士団長、もはや自分にとっては家族同然の老騎士、ジュラール・ド・ノモンレー子爵から


「騎士団に出資してくれてる知り合いの金持ちからよぉ、ガーデンパーティーに誘われちまってよ、お前ついて来いや。


 んで、たぶん若くて可愛い女の子もいっぱい来てるだろうからよ、適当なの引っ掛けて結婚しちまいな」


 などという耳を疑うような誘いを受けたこと。


 もちろん最初は断っていたのだが、ジュラールは諦めなかった。

 老いて縮んだ体のどこにこんな力が残っているのか信じられないくらいの強さで腰にへばりついて来て離れず、


「頼むぅぅうう、ワシはもう、老い先短いんじゃ。

 実の息子と思っとるお前の行く先が心配なんじゃ、一刻も早く孫の顔が見たいんぢゃあああああ」


 と血迷ったことを叫ぶので、仕方なく同伴を了承した。


 片田舎の港町に生まれ、貧しい漁師の子として育ち、15で国境防衛団へ依願入隊し職業軍人となってから十年あまりを戦地で過ごしてきたザックには、都の名士が集まるパーティーというやつがどんなものかなんて想像もできなかったのだが、来てみればつまらない場所だった。


 きらびやかに着飾った男女が、大貴族のゴシップだの流行りの服や髪型など、ザックにはどこが面白いのかまったくわからない話をして盛り上がっているだけ。


 老齢ながら社交的で明るいジュラールは貴族の間でも顔が広く、話しかけてくる者も多かったが、みな後ろに居るザックを見ると、そそくさと去っていく。


 当たり前だ、つい最近に栄誉ある騎士の称号を得たとはいえ、自分は顔に傷のある陰気な大男。

 上品なお貴族様は関わり合いたくないに決まっている。


 ましてや若いご婦人など、近寄るどころかなるべく距離をとって目を合わせないよう顔を背けるばかり。

 ザックとて場末の娼婦に負けないくらいケバケバしい化粧をして香水臭いくせに、気位だけは高いような女どもに興味は無いのだが、こう明からさまに避けられては気分が悪い。


 やはり俺にはこんな宴、場違いもいいところだ。

 適当に理由をつけて帰ろう、と思っていたら、庭の真ん中で騒ぎが起きた。


 どうやら主賓の一人である侯爵令息とやらが、連れの女性に婚約破棄を申し入れたらしい。


 そんな大事な話、この場ですることじゃないだろう。

 それに貴族同士の結婚というのは、庶民のそれと違って家と家を結びつける、いわば協定とか同盟に近いものであるはず。


 愛だの恋だのという個人的な感情が入る余地などは無いと思うのだが、どうも御令息はその辺をよく解っていないらしい。


 美人だし色気はあるが、意地の悪そうな女の腰を抱き、正規の婚約者らしき品良く大人しそうな令嬢に向かってアホ丸出しの言い分をぶつけている。


 真実の愛を貫こうとする、お伽話の王子気取りで悦に入っている令息の様子を見ていたら、だんだん腹が立ってきた。


 目の前で若いご婦人が不当に侮辱されていると言うのに、仲裁もせず興味津々で成り行きを見つめている野次馬共も気に入らない。

 何なんだこの状況は。全部がおかしい……


 さすがに見兼ねて割って入った屋敷の主人に、侯爵令息が手を上げようとしたところで、とうとう我慢の限界が来た。


 少々強引な手を使って令息を止めたまではまあ良かったのだが、その後の求婚は完全に勢いだった。


 断られると思ったんだがな~~……


 今更ではあるが、ザックとて本気で結婚できると思って求婚した訳ではない。


 相手は辺境伯の娘だそうだが、侯爵家の令息の結婚相手として不足ない程の貴い身分のご令嬢で、まだ若いし見た目も悪くない。

 御令息との結婚が流れたところで、すぐに次の求婚者が来るはずだ。


 だからこの場で自分がいきなり求婚し、即座に断られれば、このパーティーでの話題は“辺境伯の御令嬢が、侯爵家令息に婚約破棄された”から、“身の程知らずな醜い騎士が、恐れ多くも貴族の令嬢へ求婚して玉砕した”というものに代わり、自分が泥を被って終わるだろう。


 そこまで計算していたのに、まさか了承されるとは……

 あのリリー・アルシェという御令嬢、何を考えているのだろう?


 曲がりなりにもザックが花嫁を見つけたことで、ジュラールは感激し、パーティー会場から出ていく二人に向かって


「幸せになれよぉお」


 と声援を送ってきたが、まさかこのまま、すんなりと結婚できるとは思えない。

 とりあえず彼女の父デッケン伯から許しを得るため、伯が王都で使っている住居すまいへと案内されているわけだが、まあ許してもらえるはずはない。


 なにしろこちらは苗字すら持っておらず、|ザック・ダ・トルス《トルスの町から来たザック》と名乗るしかない平民。

 侯爵家の御令息とは、生まれも育ちも比べ物にならない、底辺出身の人間なのだ。


 デッケン伯の顔を見ることもなく、門前払いされて終わりだろう。

 もし自分が裕福な貴族だったら、大事な娘をどこの馬の骨とも知れない男に、おいそれと嫁がせる訳はないから……


 前を行く馬車が止まったので、ザックも手綱を引いて馬を止める。

 ジュラールから借りている馬だが、賢くてこちらの思う通りに動いてくれるから助かる。


 間もなく、馬車から年配の御者が降りてきて、ザックの前へ来ると、帽子を脱ぎペコリと頭を下げた。


「どうも、お待たせしまして。やっと着きましただ、ここがデッケン伯のお屋敷でさぁ」


「えっ…屋敷?これが?」


 御者が指し示す方向を見て、ザックは非常に驚いた。

 長々と続く鉄柵つきの壁の向こう、いったい庶民の家が何十軒建てられるかわからないくらい広大な庭にぐるりと囲まれ、どっしりした石と煉瓦造りの、城と見紛う巨大な館がそびえ立っている。


 裁判所とか役所、あとは議事堂とか、公共の施設と言われれば納得もできるが、とても個人の邸宅には見えない。


 この王都の真ん中で、これだけ面積のある庭と建造物を築き、維持するのに、いったいどれほどの費用が掛かるものか、ザックには見当もつかなかった。


「騎士の旦那、申し訳ねえが……」


 驚いたやら呆れたやらで、開いた口の塞がらないザックに、御者が済まなそうな顔で語りかけてくる。


「殿様の庭を、その、階級の高くない人が騎馬で横切るのは非礼に当たるでよ。

 お嬢様はこのまま玄関まで馬車で送っていくけんども、旦那は馬から降りてもらってもええかね」


「ああ、それはもちろん。ちょっと待ってくれ」


 当たり前の礼儀だから特に気分を悪くすることもなく、ザックはひらりと馬の背から降りる。

 地面に足を着けたザックに、御者は気の毒になるくらい何度も、ペコペコと頭を下げた。


「すまねぇだ、オラも立派な騎士様に、細けぇことは言いたくはねがったんだがよ……」


「いいさ、わかってる。今でこそ騎士だ何だと持ち上げられてはいるが、俺も出自はあなたと変わらない。

 だからそんなに、謝らないでくれ」


 自分の父親くらいの年齢の御者にへりくだられてはどうにも居たたまれず、馬を降りるよう指示されたことくらいで気分を損ねてはいないと伝えたいのだが、どうしたものか。


 なかなか頭を上げようとしない御者の扱いに困っていると、前に停めてある馬車の扉が静かに開いた。


「大丈夫よ、モーム。その方は馬の乗り降りくらいで怒るような人じゃないわ」


 恐縮している御者を、優しい声で宥めながら、リリー・アルシェ嬢が降りてくる。


「貴族の三男や四男が、称号欲しさに剣を振り回して手に入れるような、お遊びの延長でやっている騎士ではないの。

 戦場での功績によって国家から認められた、本物の竜騎士様なのよ。


 つまらないことで『プライドを傷つけられた!』とか言って当たり散らすような、小さい器の持ち主ではないわ。そうですよね?ザック様」


 問いかけられて、ザックは頷いた。


 元より、身分の高い御仁が所有する個人の敷地で、許可なく馬を乗り回すなど、あってはならないことなのだから、御者が注意してくれたのは当然の行為。

 腹を立てるわけがない、ということをなるべく丁寧に伝えると、令嬢は御者に顔を向け微笑みかけた。


「ね?立派な方でしょう。安心してちょうだい」


「へい。さすがはお嬢様が見込んだお人で」


「ふふ……それじゃ、私はこのまま歩いてザック様を家までご案内しますから。

 馬車と、ザック様の馬をお願いね」


「へい」


 ん、何?歩くって……ご令嬢と、俺が?二人で、か?


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