続いて、誉れ高い騎士様から求婚される
「ぐあっ」
どこからどう見ても痛みに弱いであろう侯爵令息は、軽く捻り上げられただけで地面に膝を着く。
「きゃああ、レナード!!」
耳障りな金切り声を上げたミレーヌが駆け寄ると、レナードの手を掴んでいた人物は彼を解放し、そして二人を冷ややかな目で見下ろした。
その目つきといったら、真夏の湖さえ凍りつかせてしまうんじゃないかというくらい、怜悧で鋭い。
何か抗議しようとしていたミレーヌは、彼に一睨みされただけで怯み、黙ってしまった。
……誰かしら?
恐る恐るその顔を確かめるリリーの目に映ったのは、灰色の軍服に黒い軍靴を履いた、長身の男性。
青みがかった短い黒髪に、瞳も同じ色で、シュッと鼻筋の通った精悍な顔立ちをしている。
年の頃は20代半ばくらいだろう、左目の上には額から瞼にかけて大きな裂傷があるし、服装からしてもたぶん軍人……
いや、騎士か。軍服の胸元に、ドラゴンの頭部を象った立派な勲章をつけている。
あれは確か“竜騎士”の記章だ。
数々の戦場を生き延び、多くの武勲を立て、少なくとも百人以上の上級士官から推薦をもらえなければ授与されないという、たいへん誉れある騎士の証―――お父様が戦争マニアだから、こんなことばっかり覚えちゃう。やだわ。
「き、貴様。何をするか!!」
捻られた腕がよほど痛かったのか、レナードが抗議するが、騎士は冷めた表情を崩さない。
「それはこちらの台詞だ。深窓のご令嬢を人前で貶め、宴の席を滅茶苦茶にしたばかりか、招待してくれた御仁に手を上げようとは……
貴殿は侯爵家の令息と聞いたが、とても身分ある方の行動とは思えない。恥を知れ!!」
……あら、深窓の令嬢って、私のこと?お父様の付き合いでたまに王都へ来ると、いつも田舎者とか成金の娘扱いで、そんな風に言われたの初めてだわ。
逞しく男らしい容貌に見合う、少し掠れた低い声で正論をぶつけられ、レナードは返せる言葉もないようだ。
こんな状態の令息を相手にしていても仕方ないと見切りをつけたか、若き竜騎士はレナードから目を離すと、リリーのほうへ向き直った。
「リリー・アルシェ嬢、と申されたか」
「は、はいッ!!」
名前を呼ばれただけでドギマギしているリリーに、ふっと表情を緩めて、騎士はゆっくりとした歩調で歩み寄って来る。
「良い名前だ、お可愛らしいあなたにぴったりな……
さて、どうでしょう。御令息との結婚は白紙に戻ったようですし、私もいい年をして独り身です」
そこまで語ったところで、騎士は足を止めた。
もう手を伸ばせば触れられるくらいの距離で、まっすぐにリリーを見据えながら、跪く。
「侯爵令息とは比べるのもおこがましい、不足な身分ではありますが、無礼を承知で申し上げます―――……
リリー・アルシェ嬢。どうかこのザック・ダ・トルスの妻となってはいただけないでしょうか」
……あらま、さっき婚約者を失ったと思ったら、今度は求婚者が出てきたわ。
ちょっと展開が急すぎるけど、まぁ捨てる神あれば拾う神ありって昔から言うものね。それにしても……
リリー・アルシェは改めて、目の前にいる求婚者を眺め、じっくりとその姿を確かめてみる。
まっすぐ伸びた背筋、骨ばった大きな手、レナードのような中性的美貌ではないが、端整で彫りの深い顔立ち。
左目の上の傷も、歴戦の勇士らしくてすごく良い。
今わかった。私、レナード様みたいな細身の美男子、あんまり好みじゃないわ。
お父様が蒐集してる騎士の肖像画や、読み応えのある戦記に描かれている挿絵の主人公みたいな、実直で逞しい殿方が好き。
つまり、ほぼ理想の男性から、求婚されてるってことだわ!!
そうとなれば、答えはもちろん。
「喜んでお受けしますわ、ザック様。父の許しさえ得られましたら……私、あなたの妻になります」
リリーの返事により、周囲にはどよめきが走った。
驚愕を隠さずわいわいと野次馬達が騒ぐのも、相変わらず無様に地面へ座り込んでいるレナードが…たぶん腰でも抜けたんだわ。嫌ぁね、貧弱…
「気でも違ったのか、リリー!?騎士の称号を持っているとはいえ、そいつ……平民だぞ!!」
なんて大声で叫んでるけど、気にしない。
膝を伸ばして立ち上がり、こちらへ差し伸べてきた竜騎士ザックの手を取り、辺境伯令嬢リリー・アルシェは、色々ありすぎたガーデンパーティーの会場を後にした。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
ブクマ・☆評価・感想などいただければたいへん励みになります、よろしかったらお願いいたします。
※アルファポリスにおいて「辺境伯」は侯爵より上の爵位、というご指摘をいただきました。そういう訳で第1話から設定に大幅に矛盾が出ております、気になる方たくさんおられるかと思います、申し訳ありません。