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おまけ:リリーの花嫁衣裳

 * * *


 まだかな、まだかな、とそわそわしながら玄関先に立ち、待ち望んでいた馬車が門の前に停まったのを確認すると、リリー・アルシェは居ても立っても居られずステップを駈け下りた。


 馬車から降りて門をくぐった人物も、リリーの姿を視界に捉えると、途端に走り出す。


「リリー・アルシェ!!久しぶりやんねーー!!」


「メアリーベス!!会いたかったーー!!」


 互いにキャッキャと笑い合い、抱き合ってクルクル回る二人の令嬢を、庭師も門番も、そしてリリーと一緒に玄関先で彼女の到着を待っていたデッケン伯も、目を細めて微笑みながら見守る。


 四頭立ての立派な馬車でデッケン伯邸を訪れた、この若い令嬢の名前は、メアリーベス・パクストン。

 東の果てにあるカボチャの名産地を治めている、パクストン公の一人娘だ。


 父親同士が友人で幼い頃から交流があり、育った環境が似通っているおかげか非常にウマが合って、リリーにとっては親友と呼べる少女だ。


 もう一人、やはり辺境貴族の娘であるキャシー・ローズという友達も入れて、三人で“田舎令嬢同盟”なんていうのを組んでおり、お茶会を開いたり季節ごとに別荘へ集まったりして遊んでいる。


 今日はもうすぐ王宮で開催される、現国王陛下の戴冠三十周年を祝う式典に参加するため、パクストン家がはるばる王都までやって来たので、ついでに会おうということでデッケン伯邸へ招待したのだ。


 何しろここ一か月ばかりの間に、リリーの身には色々な出来事があったものだから、話したいことがたくさんある。


「どうぞ上がって、お茶にしましょ。メアリーの好きそうなお菓子、いっぱい買ってあるの」


「わあ、嬉しい。ウチも田舎からたくさん、野菜とか持って来たんよ。あとで荷馬車で届くけんね」


「ありがとう!!私もお父様も、あなたの所で採れるカボチャ、大好きなの!!」


「ほんと?今年のは出来がええでね。すっごく甘くてホクホクしとるけん、楽しみにしとってね」


 ああ~~、落ち着く……王都のご令嬢方と、最新のファッションやら新作オペラの話やらするのもまぁまぁいいんだけど、やっぱり私は野菜の良し悪しとか、家具の維持管理メンテナンスの話がしたい……


 ってか、メアリーベス超可愛い。

 焦げ茶色の柔らかい髪に大きな黒い瞳、小柄であどけない顔してる割りには胸大きくて最高……


 健康的なエロスと可愛らしさが溢れ返っちゃっている友人に激しく萌えながら、二人で館に向かう。

 玄関の前へ着くと、そこに居た父に、メアリーベスはペコリと頭を下げた。


「ご無沙汰しております、小父様。お元気そうで何よりです」


 見事、訛りを出さずに挨拶したメアリーベスに、父はニコニコとご機嫌な笑顔を返した。


「おう、よく来たなメアリーベス。しばらく見ないうちに、また随分と綺麗になったもんじゃねえか。

 お父上は息災か?」


「あい、おかげさまで元気にやっちょります。今は王都にいる親戚とか知り合いのお家へ挨拶回りしとるけ、また後で来ますよって。

 小父様に会うの、ようけ楽しみにしてるみたいでしたわ」


「そうかそうか、そりゃ嬉しいな。積もる話があるからよ、俺も待ち遠しいぜ。

 それじゃメアリーベス、娘がいろいろ用意してあるから、中でゆっくりしていってくれな」


「あい!!」


 無事に当主からの許しを得て、メアリーべスはリリーと共に正面玄関から館の中へ入った。


 長旅で疲れているだろうし、まずはお茶を、と思っていたリリーだが、メアリーベスから早く“アレ”を見せてくれ、とせがまれて、ちょっと恥ずかしいけど先に“ソレ”のある部屋へ案内することにした。


 向かっている途中で二回ほど曲がる所を間違え、三回くらい開ける扉も勘違いしてやや時間が掛かったものの、何とかその部屋には辿り着けた。


「うわあああぁぁ~~~」


 ドアを開くなり、視界に飛び込んできたものに、メアリーべスは目を輝かせて歓声を上げる。


 それは、リリーの体に合わせて作った特別製の試着用人形に着せられた、真っ白な花嫁衣装。


 スレンダーな体型を活かす、ぴったりしたマーメイドラインで、裾は後ろに長く取ってあり、胸元には金糸、薄く透き通ったベールには銀糸で、繊細な刺繍が施されている。


 メアリーベスは凄い凄いと絶賛しながら、布を踏まないよう注意を払いつつ、衣装の周りをくるくると回り歩いて全方位から余すことなく眺め、その形を確かめた。


「これ、胸のところは林檎の花で、ベールは葡萄のつるの刺繍やね?」


「ええ!我が家の象徴っていえば、やっぱりこの二つの果物かな~って……変かしら?」


「ううん!!すごく綺麗やし、凝ってて素敵よ。ええドレスやんねぇ~~」


 まだ仮縫いの段階とはいえ、友達に褒めてもらえるとすごく嬉しくなる。

 刺繍のモチーフにはけっこう悩んだのだけど、これにして良かった。


「もう少し体の線に沿って修正したら、胸元に真珠を縫いつけて完成よ。

 お父様はダイヤモンドをたくさん着けて、きらびやかにしたらいいって言ってるんだけど、そんなことしたら却って下品よね」


「うーん、確かにこのドレスなら、真珠のほうが合うわ。

 でも、さすがはデッケン伯家。ダイヤモンドたくさんなんて、景気がよか!!」


 間もなく完成する豪華なドレスを身に纏い美しく装った親友の晴れ姿を想像して、ほうっと溜め息をついたメアリーべスは、嬉しい反面、ちょっとだけ切なくなった。


「リリーが奥様になっちゃったら、田舎令嬢同盟も解散やんねえ。寂しいわぁ……でも、予想通りやったわ」


「予想?」


「うん。キャシーと前から話してんけど、ウチらの中で一番最初にお嫁にいくのは、きっとリリーやろなって。

 落ち着いてるし、背ぇ高くて、大人っぽくてカッコええもん。男の人が放っとかんて」


「そんなこと……メアリーだってキャシーだって可愛いのに……」


「あは、ありがと。さっき小父様も褒めてくれたけど、お世辞でも嬉しいわぁ」


 別にお世辞なんかじゃないのに。

 本気にしないでけらけら笑うメアリーベスにやきもきしつつ、リリーは大事なことを口にする。


「キャシーにも後でお願いするけど、式の時には私の付き添い役をお願いね、メアリー。

 あなた達と花飾りを着けて三人で歩くの、すごく楽しみにしてるの」


「あい、もちろん!!同盟の誓いだもん、忘れてなぁよ!!」


 “同盟の誓い”とは、三人が立てた、何てことない約束だ。

 誰かが結婚する時には必ず、他の二人が花嫁の付き添い役になるっていう、ただそれだけのことだけど、いよいよ叶う日が来るなんて……


 さっきのメアリーベスと同じように、嬉しさの裏でどうしようもない寂しさも感じて、つい涙ぐむと、メアリーベスの黒い瞳も潤み始めた。


「……幸せになってね、リリー。

 ウチはザック様のこと、よう知らんけど……あなたに一目惚れしたから侯爵令息に決闘申し込んで、ボロカスに負かしてから婚約破棄させたって聞いちょるわ。


 ちょっと怖い気もするけど、それだけ想ってくれちょるんだもん、きっと大事にしてくれるやんね」


 あらま、噂に尾ヒレがついて、凄い話になってる……


 どっちかっていうと令息をボコボコにしたのはリリーのほうだけど、その話はまた後で、ゆっくりお茶でも飲みながら語ることにしよう。


「ありがとう、メアリー。結婚したら何がどう変わっていくのか、私にもまだよくわからないんだけど……

 でも、あなたとキャシーとは、ずっと友達よ」


「……うんっ」


 勢いよく頷いたメアリーベスは、溜まっていた涙を指先で拭い、もうすぐ嫁ぐ友人のため、寂しさを堪えて笑ってみせた。


「あー、でも、羨ましいわあ。ウチもそろそろお見合いでもして、お婿さん探さなって、お父様から言われちょるんよ。

 誰かいい人、見つかるといいなぁ」


「ふふ…大丈夫よ。あなたならきっと、素晴らしい方が見つかるわ」


「そうだとええなぁ。お見合いも悪くないけど、どうせならリリーみたいに大恋愛してみたいわぁ」


 真っ白い花嫁衣装の前で、朗らかに語り合う少女達は、まだ知らない。


 未だ恋に恋する純真な少女でしかないメアリーベスに、戴冠祝いの式典で、とんでもない求婚劇が待っていることを……でも、それはまた、別のお話。

 


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