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エピローグ/もう一度、成りゆきではなく心からの求婚を…

 

 辺境伯の娘があんなにも賢く、慈悲深く育ったというのに、我が息子達ときたら……七人揃って姿が良いだけの、穀潰しばかりだ。


 そうなったのは、自分のせいだという自覚もあった。


 ちょうど侯爵が今のレナードと同じくらいの年の頃、仲の良かった一つ年下の従弟が、名誉を求めて参加した防衛戦にて戦死する、という悲劇があった。


 若くして命を失ったというだけでも哀れだというのに、弔いの儀で目にしたその屍の凄惨さに、若かりし頃の侯爵は愕然としたものだ。


 敵の罠に嵌まって穴に落ちたところへ熱した油をかけられた上、死後に面白半分で敵兵から切り刻まれたそうで、端整な姿の若者だったのに、二目と見られない有り様にされていた。


 それでも従弟は帰ってこられただけマシなほうだった。

 多くの名も無き兵士達はその場に野ざらしで放置されるか、ゴミのように積み上げられて焼かれるか……そんな話を聞いて、自分の家族は絶対に戦場になんか行かせないと、侯爵は心に決めたのだ。


 折りしもその頃の彼は現在の妻である、当時は王国一の美女と評されていたご令嬢と婚約したばかりで、絶対に彼女のことを不幸にするまいと気負っていたこともあり、侯爵はその後も自分自身に立てた誓いを守った。


 結婚してから次々に生まれた息子達には剣を持たせず英雄の戦記も読ませず、代わりに楽器を習わせ非現実的で幻想的な詩集を暗唱させ、危険から遠ざけてきたつもりだったが、その結果がこれだ。


 だが、子供達のせいではない。悪いのは自分だ、なんと愚かな父親だったことか……


 情けない限りだが、まだ間に合うはず。

 長男とて二十代の始めであるし、末っ子に至ってはほんの九歳だ。


 今から世の中の陰の部分、きらびやかな貴族社会の一方で、光の当たらない場所でどんなことが起きているかをしっかり頭の中へ焼きつければ、リリー・アルシェほどでなくとも、少しはまともな人間へ成長してくれるのではないだろうか。


 ずいぶん遠回りはしたが、己の間違いを潔く認め、新たな決意と共にこれからの人生に対して希望の光を取り戻した侯爵が、先ほど邪険にした門番達へ丁重に謝り、不肖の息子を連れてデッケン伯邸から出て行った頃、玄関の前では相思相愛を自覚したザックとリリーが、互いに手を取り合っていた。


「改めて聞かせてください、リリー・アルシェ。

 俺の妻となり、ともに生涯を歩んでくれますか?」


「はい、ザック。私の騎士様。

 どうかこの命が尽きるその日まで、あなたの傍に居させてください。

 それ以外の人生に、私の幸福はありません」


「ありがとう、リリー……必ず幸せにするよ」


「今でも充分に幸せですわ、ザック……」


 名前を呼び合った二人は、お互いの瞳に吸い寄せられるように顔を近づけ、もう少しで唇が重なる…というところで、


「今日はそこまでーーーーー!!!」


 と叫んだ太ったオッサンが、玄関から飛び出してきて未遂に終わった。


「きゃあっ!?お、お父様っ」


 驚いて飛び上がったリリーは、太ったオッサンこと実の父を、まなじりを吊り上げてギッと睨みつける。


「い、いつから居らしたの?」


「んー、お前が侯爵様とバカ息子に、箒ブン回してる時くらいから……」


「けっこう前じゃないの!!どうして仲裁に来てくださらなかったんですか!!」


「いや、お前の暴れっぷりが中々、見ていて爽快でよ。それに、ザック殿といい雰囲気だから、邪魔しちゃ悪いかなーって……

 でもまぁ、婚前交渉はダメだ。仲が良いのはいいことだが、嫁にいくまでは慎みを持て」


「変な言い方しないでちょうだいーーー!!!」


 デリカシーのない父親に怒り、キャンキャン吠える娘はひとまず放っておいて、デッケン伯はリリーの背後で所在なく佇んでいるザックに視線を移す。


「ザック殿、盗み聞きするつもりはなかったが、娘のことを大切に想ってくれて俺も嬉しいぜ。

 やっぱりうちの婿にふさわしい男は、アンタの他にゃ居ねえようだ」


「は…すみません、デッケン伯。突然お邪魔した上に、許嫁とはいえ大事なご令嬢に不埒な真似を……」


「だはは、そう照れるな謝るな!!おっし、今日は結婚の前祝いだ!!

 ワインも林檎酒も酒蔵にたんまりあるからよ、一晩じゅう飲み明かそうぜ~~!!!」


 デッケン伯から酒の席に誘われるのはこれで二度目になるザックだが、今度は断らなかった。


 成り行きではなく本心からリリーに求婚し、彼女も受け入れてくれた喜びは大きく、誰かと分かち合いたい気分だった……俗っぽく言うなれば、一世一代のプロポーズが成功したんで、思いっきり羽目を外して大騒ぎしたい気分、ってことだ。


「いいですね。うちの使用人と、王都にいる友人も呼んできていいですか?

 みんな、こんな大きなお屋敷でパーティーしたことなんてないので、きっと喜びます」


「おお、いいぞ呼べ呼べ。一足早いが両家の交流会といこうや。

 今夜は無礼講だ、朝まで飲めや歌えの大騒ぎだーーー!!」


「お父様!!またそんなこと勝手に決めて!!」


 頬を膨らませ、プンプンしながらもリリーは、大勢集まるなら厨房にある食材だけじゃ足りないかしら、市場が開いているうちに誰か使いにやって買い足さなきゃ。とか、

 ラベンダー色のとても可愛いドレスがあるから、後であれに着替えよう。ザック様、気に入ってくれるといいな、なんて考えている。


 賑やかで、楽しい夜になりそうだけど、ザックと二人で過ごす静かな日々も、たぶんすぐそこまで来ている。


 “辺境伯の娘”としての生活が終わりに近づきつつあることに一抹の寂しさを覚えながらも、新たに得られる“竜騎士の妻”としての人生、愛する人との幸福な暮らしに胸をときめかせながら、リリー・アルシェは実の父子のように笑いあっている父と婚約者を、優しく暖かい眼差しで見つめていた。


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