さようなら元婚約者様、勘違い貧乏侯爵家とラストバトル!!③
「何て女だ……」
呟いたのは、レナードだった。
貴族令嬢にあるまじき、汚い言葉遣いで叫び暴れるリリーを、信じられないものを見る目で眺めている。
「どうやら、君と婚約破棄したのは正解だったようだな、リリー・アルシェ。
こんな下品な女が僕の妻なんて……ゾッとするよ」
「はあ?それはこっちの台詞ですわ」
他人の事は好き勝手に罵倒するくせに、言い返されればギョッとして怯むレナードの態度に、なおいっそう苛ついて、リリーは箒の先を元婚約者へ向けた。
「あなたみたいな情けない人、こちらからお断りよ。
父親から別れろと言われたからって、あっさり恋人を捨てるような男と一緒になっても、幸せになれる訳ありませんもの!!」
「何だと?言わせておけば……たかが成金の家に生まれた田舎娘のくせに!!」
レナードは渾身の侮辱を放ったつもりだろうが、リリーはそんな台詞で傷ついたりしない。
だって本当のことだから。
でも、田舎育ちの、成金の娘で、何が悪いって言うの?
「その通り、私は裕福とはいえ辺境伯の娘に過ぎませんわ。でも、そう言うあなたはどうなの?
侯爵家なんて名前だけは立派だけれど、一文無しどころか借金まみれで、そのくせ贅沢するのだけは上手な、救いようのない人達ばかりの家じゃない!!」
「き、貴様、よくもそんなこと……わっ、やめろ!!箒を振るなーーー!!」
怪我でもさせたら面倒だから、体に当てないようギリギリのところで振って威嚇しているだけだというのに、ご自慢の顔を両手で守りながら怯えて身をくねらせるレナードの滑稽さといったら。
ほんとに縁談が流れて良かった。
「まったく、弱虫な令息だこと。あなたと結婚するくらいなら、その辺の野良犬にでも嫁いだほうがよっぽどマシです!!」
「それは困ります。貴女は俺の妻にと心に決めた人ですから、野良犬にくれてやる訳にはいきません」
「ものの例えですわ!!私だってザック様以外の男性なんて考えられません!!
あの可愛いお家で、二人で仲良く暮らして、年を取ったら田舎のお城へ移ろうって、ばっちり将来設計までしているんですから!!」
「へえ。初耳だけど、すごく嬉しいですよ。結婚したら、俺の家に来てくれるんですか?」
「ええ、もちろん!!もう窓に吊るすカーテンの柄だって下見してあるんですから!!
きっと世界一、住み心地のいい家にしてみせます!!」
「頼もしいですね。でも、カーテンがどうあれ、あなたさえ居てくれれば、どこだって俺にとっては世界一素晴らしい場所になりますよ、リリー・アルシェ」
「まあ!!嬉しい!!私だって同じ気持ちです!!
あなたが居れば、どんな暮らしだって幸せですわ、ザックさ…ま?」
恋しい人の名前を呼んで、ようやくリリーは自分の会話している相手が、元婚約者ではないことに気づく。
ハッと我に返って箒を持つ手を止め、恐る恐る声のしたほうへ顔を向けると、とても晴れやかな笑顔のザックが立っていた。
「あ……」
よりによって、ブチ切れて大暴れしていたところを、最愛の人に見られた。
ショックで肩の力が抜け、武器にしていた箒を取り落とし、シュンとしてうなだれたリリーの元へ、慌ててザックが駆け寄って来る。
「大丈夫ですか?リリー」
「ええ…と言いたいところだけど、あまり大丈夫ではありません」
「それは良くない。さ、こっちへ」
ザックの顔を見て怒りが消えたはいいが、全身から脱力してしまったリリーの肩を抱き、優しく支えながらザックはゆっくりとステップを昇る。
「お、おい、君達……」
途中、侯爵が声をかけてきたが、ザックが一睨みするとすぐに黙った。
呆気にとられている侯爵父子は放っておいてそのまま進み、玄関前の最後の一段の上へリリーを座らせると、ザックは自分もその隣へ腰を下ろした。
「さ、ゆっくり息をして……落ち着きましたか?リリー」
「ええ、少し……でもザック様、どうして此処に?」
「所用があって近くに寄ったので、せっかくだからこの間いただいたお酒の礼を言ってから帰ろうと思ってこちらにも来てみたんですが、どうも揉めているようだったので門番に頼んで入れてもらいました。
あまり良くない訪問の仕方ではありますが、まあ正式な婚約者なのだから、それほど問題ありませんよね?」
いたずらっぽく微笑む彼に笑い返したいのに、上手くできなくてリリーは肩を丸め、ますます縮こまる。
「まだ…婚約者でいてくれますか?ザック様」
「ん?なぜ、そんなこと訊くんです?」
「だって、怒ったら口が悪くなって、箒を振り回す女ですわよ、私。
そんなんで、ザック様の妻にふさわしいかどうか……」
今回は自分に責任があるのだから、婚約破棄されても仕方ないと覚悟するリリーだが、ザックは明るく笑い飛ばしてくれた。
「俺の育ちの悪さを舐めてはいけませんよ、リリー様。
王都へ来る前はもっと汚くて下品な言葉を日常的に聞いていたし、箒どころか角材や斧を振り回す女だって見たことがある。
それに比べたらあなたの箒を振る姿なんか可愛いものだ……
いや、俺の目にはあなたがどんなことをしたって可愛らしく映ってしまう。なぜだか解ってくれますか?」
あまりにまっすぐな口説き文句を、真剣な顔で放ってくるから、いっそ嬉しくて泣けてくる。
涙ぐんだリリーは、深く頷いた。
「ええ、解ります。私だって、そうですから……
最初にお会いした時から、私の目にはもうあなたしか見えていません、ザック様」
「リリー……」
もはやお互いのことしか瞳に映っておらず、声も聞こえていない状態の二人は、ステップの下でレナードが「こらーー!!人前でイチャイチャするなーーー!!!」と叫んだことも、見苦しく騒ぐ息子の襟首をむんずと掴んで侯爵が歩き出したことにも気づかない。
「ち、父上、いいのですか!?我が侯爵家が、ひどい侮辱を受けたままで……」
「うるさい、帰るぞ!!」
不満げな息子に向かってピシャリと言い放ち、侯爵は早足で出口を目指す。
「どうやらリリー・アルシェ嬢は、生涯の伴侶を見つけたようだ。もう我が家の入る余地はない……
それより、帰ったらすぐに旅支度をするぞ。お前も、他の息子達も、全員連れて行く」
「はい?旅って、どこへ?」
「まだ詳しくは決めておらんが、とにかくまずは国境の防衛戦線だ。
それから、寒村や貧しい漁港も巡る。その目で見て、学ぶべきことが、たくさんある」
「ええ~~!?嫌ですよ、そんな危険で、辛気臭そうな所、行きたくありません!!」
「黙れ!!行くと言ったら行くのだ!!
しばらくは、誰にも贅沢なんぞさせんからな!!」
嫌がる息子を引っ張りながら足を進める侯爵は、己の事を心底から恥じている。
 




