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さようなら元婚約者様、勘違い貧乏侯爵家とラストバトル!!②

「なるほど、なかなか芯の据わったご令嬢であらせられる。

 ……では、敵兵に情けは無用としても、味方を見殺しにするのはどうですかな?

 それも騎士として当然のこととおっしゃいますか?」


 息子と違ってまったく怯んだ様子のない侯爵が、からかうような調子で訊ねてきた。

 何だろう、これは……すごく嫌な感じがする。


「どういう意味です?侯爵様」


「そのままですよ、リリー・アルシェ嬢。

 あなたの婚約者、ザック・ダ・トルスという男がその名を上げた“グリフィン”との戦いで、作戦の主軸となった500人の軽装兵のうち200余名……つまり、実に半数の兵が、グリフィンの吐く炎から逃げきれず戦死した。


 指揮を執った竜騎士ザック……その頃はただの兵士長ですな。

 彼はそもそもこの作戦を立てた時、決死兵として参加者を募ったとか。

 つまり元から部下を生きて帰還させる気はなく、使い捨てを前提としたただの駒として戦略を立て、実行した。

 見殺しというよりは、生け贄というべきか」


「駒……生け贄……」


「そう。勝利を得るためならば、同胞の死も厭わない……そういう男なのですよ、竜騎士ザックというのは」


 それ以上は聞いていられず、リリーが背を向けると、侯爵は勝利を確信して片方の口角を吊り上げた。


「長くなりましたが、このような危険人物があなたの夫にふさわしいとは思えません。

 恥と無礼を承知で申し上げますが、我が家にはレナードの他にも未婚の息子がおります故、もしいずれかあなたの気に入る者がいれば……ぜひ一度、会うだけでも」


 無言で肩を震わせるリリーに、不敵な笑みを浮かべた侯爵が図々しい縁談を持ち掛けてくるが、リリーは別に悲しかったり恐かったりで震えている訳ではない。


 この震えはそう、純粋な怒りからだ。


 侯爵父子から目を背け、奥歯を噛み締めているリリーの脳裏には、今は亡き母に連れられ訪れた戦傷者のための病院で目の当たりにした光景が浮かんでいた。


 そこは、幼いリリーの目には、まさしくこの世の地獄のように映った。


 病室はおろか狭い通路にも、所狭しと並べられた小さな簡易寝台の上に横たわる、傷ついた兵士達。

 砲弾や刃物での攻撃を浴びて顔は崩れ、皮膚も焼けただれ、彼らが巻き込まれた戦闘の凄まじさを生々しい傷痕が物語る。


 それでも五体が揃っている者はまだマシなほうだ。

 残酷な子供に弄ばれた昆虫のように、手足のない者のなんと多いことか。


『目を逸らしてはだめ、リリー・アルシェ』


 苦しむ兵士達の姿を見ていられなくて、俯いたリリーを、母は厳しい口調で注意した。


『あなたが楽しく遊び、美味しい物をたくさん食べて、暖かいベッドで眠っている間、この人達は休みなく戦っていたの。

 こんな体になるまで戦い抜いて、私達を守ってくれていたのよ。


 遠い地で命を失い、帰って来れなかった人は、もっとたくさん居るわ……辛いかもしれないけれど、貴族に生まれたからには見て、聞いて、知っておきなさい。


 この国を守るためにどれほどの犠牲が払われているか……そして、生きて帰ってきてくれたこの人達のために何ができるか。


 命を賭して戦ってくれた彼らを、今度は私達が、持てる力を尽くして守るの。

 それが高貴なる者の義務なのよ、リリー』


 ……そうよ、きれいな服を着て、大きな家に住んで、自分より階級の低い相手に偉ぶるだけが気高さの証ではないわ。

 傷ついた民を想い、国のために戦ってくれた恩に報いることこそ、高貴なる者の務め。


 それに、あの悲惨な状況下でも、希望はあった。


 お見舞いや闘病生活のお世話に来た患者の妻や恋人、母親が、変わり果てた夫や息子の姿を見て泣き崩れると、傷ついた兵士達はみな笑い、口を揃えてこう言うのだ……


『俺は大丈夫だよ、それよりあなたが無事で良かった。戦場へ行った甲斐があった』


 と。


 あの人達は王侯貴族のためなんかじゃなくて、自分の愛する人々を守るために戦っていた。


 前線で辛く、苦しい思いを味わい、癒えない傷を負っても、大切な人のために笑えていたあの人達を、私は誇りに思う。


 たとえ英雄と呼ばれなくたって、ひとりひとりの兵士がどれだけのものを背負って戦っているか、教えてくれた父と母のことも。


 そして何より、その兵士達と共に戦い、長い時間を最前線で過ごしてきたザックを、誰よりも誇りに思う。


 上流貴族といえど、ろくに剣も持ったことのない者から、悪鬼呼ばわりされる謂れはない……!!


「侯爵様、先ほどザック様が率いた部隊は半数の方々が亡くなったとおっしゃってましたけれど、もう半分の生き残った方達についてはどう思っていらっしゃるのかしら?」


 背を向けたままで問いかけてきたリリーに、侯爵は何故そんなことを訊くのか不審に思いつつも、彼なりの答えを返す。


「それは、運が良かったとしか。無謀な作戦の犠牲にならなくて済んだのだから、まあ幸運な者達ですな」


「それだけ?私はこう思いますわ……


 たとえ半分でも、生きて帰れて良かった。

 亡くなった方達はお気の毒ですけれど、元より決死の覚悟で臨んだ戦いですもの、たおれても悔いはなかったでしょう」


 ごく静かな口調で意見を述べたリリーに、侯爵はフフンと笑った。

 いかにも温室育ちの小娘らしい青臭さだと、馬鹿にしたのだ。


「それは詭弁というものですよ、リリー嬢。

 あなたの婚約者殿が立てた無謀な作戦に乗らなければ、命を無駄にすることはなかった訳で……」


「詭弁はそっちでしょ。もしザック様が立てたグリフィン掃討作戦が成功しなければ、国境を突破した敵が王都へ押し寄せてきて、あっと言う間に占拠していたかも。


 そうなったら貴族なんか片っ端から処刑されて、私もあなたもご家族も、無事じゃ済まないでしょうに。

 そんなことも解らないなんて、呆れるわ」


 ほとんど父から聞いた話の受け売りだが、侯爵はハッとした顔つきになった。

 もっとも、リリーは背中を向けているから気づかなかったし、例え見えていたとしても気に留めなかっただろう。


 何しろ体の内側から湧きあがってくる怒りに意識を乗っ取られ、侯爵の細かい表情の変化を読み取るどころではなくなっているから。


 玄関の脇に誰かが立てかけたままにしていたほうきを手に取ったリリーは、くるりと身を翻すと、いっきにステップを駈け下りて侯爵父子の前へ躍り出た。


「帰って!!もう帰って下さい!!

 あなた達の顔なんてこれ以上見たくないし、私に近づくのは契約違反よ。父からお金もらえなくなりますわよ!!困るでしょ!!」


「うわ、お、落ち着きなさいリリー・アルシェ……」


 父子に向かってがむしゃらに箒を振り回すリリーを宥めようと、侯爵が狼狽しながらも声をかけてくるが、構わずブン回す。


「うるさーーーい!!!これが落ち着いていられますか!!


 さっきから無駄死にだの捨て駒だの、戦場で亡くなった方に対して何てひどい言い草なの!?

 みんなこの国を守るため散ったんだから、無駄に死んだ人なんて一人もいないわよ!!


 だいたい、グリフィンと戦う兵士さん達が命がけで走り回って不幸にも焼け死んだりしている時、あなたは何をしていたのよ!!


 晩餐会?新しい服の仕立て?優雅に楽器の演奏でもしていたのかしら……

 下らない、下らないわ。私達貴族なんて、みーーんな恥ずかしい生き物なのよ。


 そんなことも理解できないなんて、あなた本当に侯爵閣下なの!!?

 お父様はあなたのこと立派な方だって言ってたし、私もそう思ってたのに、とんでもないゲス野郎だわ!!」


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