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リリー・アルシェの、華麗なるザック宅改造計画

 * * *


 ザックの家を訪問してから三日後。


 早めに起きて午前中の用事を済ませ、昼食もいつもより早い時間に摂ったリリーは、ジェンナを伴って近くの生鮮市場へ赴き、たくさんの食材を買った。


 今度の休息日に予定している、ザックの家とデッケン伯邸の面々による交流会に出す料理を、練習する為だ。


 前回の訪問で仲良くなったサーリアから、ザックの好物は鶏の香草焼きとブラウンシチューだと聞いている。

 それにグリーンリーフとミニキャロットのサラダを付け合わせて、デザートには甘酸っぱいプラムのパイを焼けば完璧だ。


 案の定、この交流会を提案したら父は喜んでくれたので、他の軽食やお酒、テーブルセッティングなんかは任せてあるが、放っておけばとんでもないことをしそうだから、料理の合い間に様子を見てきちんと監督しないと。


 ささやかな交流会の後は、いよいよ挙式の準備に入る。

 式場を下見して、花嫁衣装の仮縫いも始まるから、忙しくなる。気を引き締めていかないと……


「お嬢様がお嫁にいったら、寂しくなりますわ」


 買い物を済ませ、帰りの馬車の中でこれからのことを考えていたら、正面に座るジェンナがぽつりと呟いた。


「本当に、お屋敷を出て行かれてしまうんですか?

 ザック様はデッケン伯家へお婿に入るんですから、お二人で今のお屋敷に住んだっていいでしょうに。

 部屋なんかいくらでもあるんですから」


 悲しげな顔のジェンナを見ていると、リリーも気持ちが沈んでくる。


 ジェンナの他にも主だった使用人達から同じようなことを言われていて、そのたびに胸が締めつけられるのだが、もう決めたことだ。


 結婚したら家を出たい、と相談した時、意外にも父はあっさりと認めてくれた。


『せっかく好いた相手と一緒になって楽しい新婚生活に入るってのに、こんなにゴチャゴチャと大勢いる所じゃ落ち着かねえだろ。


 俺も母さんと結婚して三年くらいは、城を飛び出して別荘を転々としながら過ごしたもんだ。

 親元から離れて生活するのも、箱入りのお前にはいい経験になるだろうし、二人で暮らしてみな』


 てっきり猛反対されると思ったら、そんな風に背中を押してくれた父に、ちょっと拍子抜けしつつもホッとして礼を言おうとしたリリーだが、甘かった。

 次に口を開いた父は、楽しそうに両手を上げてとんでもないことを提案してきた。


『そうとなりゃ、派手な新居をドーーーンと建ててやるぜ!!

 三階建ての白亜の豪邸に、噴水つきの庭なんてどうだ?


 俺からの結婚祝いってことでよ。王都に建てるか?

 それともどっか静かで空気のきれいな所に土地買うか』


『……絶・対・いりません!!!』


 バカでかい真っ白な館を想像して、強い拒否反応を示したリリーに、父はまぁまぁ遠慮すんなと食い下がってきたが、頑として断った。


 故郷の城も王都の屋敷も、ムダに広くて大きくてハデハデな家には飽き飽きしているから、小さくても住み心地のいい家で暮らしたくて出ていくと言っているのに、大きな館を建てられては意味がない。


 そう説明しても父はなかなか引き下がらなかったが、とうとう破れかぶれになって


『このお屋敷だって未だにどこの廊下がどの部屋と通じているかぜんぜん解らないのに、これでまた巨大な館を建てられたらどーしようもないわ。

 新居で迷子になるのは嫌です!!』


 などとバカなことを叫んだら急にハッとした顔になり、


『そうか、お前、方向音痴だもんな。年々ひどくなってるしよ……

 わかった、デカい館を建てるのはやめにするぜ』


 と言って納得してくれた。


 こんな理由で説得に成功するなんてかなり腹が立ったけど、これ以上は揉めたくなくてグッと飲み込んだ。


 更に父はそういうことならお前の希望に沿うような家を買い取るか新規に建ててやる、いくらでも援助してやるぞと申し出てくれたが、それももちろん断った。


 先日訪ねたザックの住居に、リリーはもう一目惚れ状態で、あの家以外で生活することなど考えられなかったのだ。


 外観の雰囲気はもちろん、部屋の数や台所の設備、天井の高さに至るまで全てが理想の造形だった。


 サーリアのおかげで隅々まで掃除が行き届いており、整理整頓もきちんとされているおかげで清潔感はバッチリだが、少し家全体が殺風景ではあるから、洒落た置き時計や小さな風景画を飾ったらどうだろう。


 それから、茶器や食器を買い足して、上品な模様入りのカーテンを窓にかければ、きっと華やいだ雰囲気が出る。


 ジャン=ジャックに頼んで庭のハーブ畑にカモミールも植え足そう。


 柵の入り口に、薔薇のアーチを作るのもいいな。

 貴族の庭によくある大輪の八重咲きではなく、野生種に近いので、淡いピンクとまぶしいくらいに白い、小さな可愛らしい花をたくさんつける種類の薔薇があるから、その株を取り寄せて挑戦してみよう。

 上手く咲いてくれるといいけど……


 なんて風に、あの家をより自分好みのものへ改良する計画を、夜な夜な寝る前にベッドの中で思案しては、にへにへと笑っていたりする。


 ジェンナが言った通りリリーは嫁にいくのではなく、ザックがデッケンの家へ婿入りするのだから、彼は苗字と一緒に後継者としての権利と義務も継ぐことになる。


 つまり、いずれ父が領主を引退したあかつきには、二人で故郷の城へ戻り、領主夫妻としてデッケン領を共同統治していかなければならない。


 そうなるのが十年、いや二十年後なのか、それともあと数年しか残っていないのかは、神のみぞ知るところだが、どうせなら出来る限りあの家で、普通の夫婦として暮らしてみたい。


 裕福な家に生まれ親元でぬくぬくと育ってきた小娘でしかない自分だが、ザックの妻として家を仕切り、持てる力を尽くして居心地のいい空間を作っていけば、“幸せな日々”というやつを手に入れられるのではないだろうか。


 ザックと、使用人たちと、そしていつか生まれるはずの子供達と。

 助け合い、笑い合い、時々は喧嘩したりなんかして、賑やかな家庭を築ければ、それ以上のものは要らない、なんて。そんな風に思っていたりする。


 子供…って。さすがに先走りすぎね。お父様のこと責めてられないわ。


 いろいろと考えすぎて恥ずかしくなり、気を紛らわせようとまだ寂しげにしているジェンナへ何か声をかけようとしたら、馬車が止まった。


 そっとカーテンを持ち上げて外を確かめると、もう家の前に着いていた。こうなると早く料理に取り掛かりたくなって、リリーは市で買った物が入っている籠を持ち上げた。


「みんなと離れて寂しいのは私も同じだけど、永遠のお別れってわけじゃないんだから、あまり落ち込まないでね、ジェンナ。


 いずれはザック様と故郷へ戻ることになるだろうし、結婚した後もお父様の様子を見にお屋敷にはちょくちょく顔を出すから。

 しばらくはお互いに心細いでしょうけど、時間が経てばきっと慣れていくはずよ。


 さ、降りてお料理しましょ。

 今夜は腕を振るうから、厳しめに味見して感想ちょうだいね」


「……お嬢様の作ったものなら、何でも美味しいですよ。

 厨房の料理番と比べても遜色ないくらい、お上手なんですもの」


 元よりリリーを説得できるとは思っていなかったジェンナは、苦笑して残りの籠を持ち上げる。

 二人が馬車から降りると、すぐにいつもの門番が入り口を開いてくれた。


「お帰りなせぇ、お嬢さん、ジェンナさん」


「お~、いろいろ買ってきたねぇ」


「ええ、今日の夕飯の材料なの。

 チキンを焼いてシチューを煮るから、二人もたくさん食べてね」


「ああ、いいね。そりゃあ楽しみだ」


 いつも通り、家族同然の使用人たちと他愛ない会話をして、いつも通り庭を横切る。


 玄関前のステップを昇り切り、そのまま館へ入って料理番から厨房を借りるのも、いつも通りと行きたかったのだけど、今日は違った。

 


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