竜騎士様のもとへお宅拝見に行ったら、理想のお家がありました④
「ありがとうございます、ザック様みたいに立派な騎士様にそう言っていただけると本当に嬉しいわ。
あなたがお嬢様のお婿さんになってくださって良かった。旦那様も、それはそれはお喜びですよ」
「いや、そんな……」
「謙遜しないでくださいな。お嬢様は旦那様の、いえ私達みんなの宝ですから、幸せになってほしいと心から願っているんです。
私は亡くなった奥様がご存命の頃からデッケンの家に仕えさせてもらっていますけれど、あれほど素晴らしい女性を他に知りません。
あの方の気高さと心優しさ、そして芯の強さを、リリー・アルシェお嬢様はそっくりそのまま受け継いでいます。
人を見た目だけで判断したり、身分の低さで差別したりは決して致しません。
先ほどジャン=ジャックさんが帽子を取って、頭の傷を見せてきたって、怖がって泣いたり大袈裟に同情してみせたり、なんてことは絶対にしなかったでしょう……
だからどうか、リリー様を試すような真似は、もうしないでくださいまし」
酒を片付け終わり、腕を下ろしたジェンナからまっすぐな眼差しを受け、ザックは言い訳もできずに溜め息をついた。
「気づいていたんですね……」
ジェンナは渋い顔をしているだけで返事をしなかったが、ザックもジャン=ジャックの思惑は察していたから、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
恐らくあの慎重な老人は、自分とサーリアの身に起きた悲惨な出来事をご令嬢に聞かせることで、彼女の人間性がどんなものか計ろうとしたのだ。
結果としてリリー嬢は二人の話を聞いても顔色一つ変えることなく、ジャンが帽子を脱がないのもサーリアの卑屈な仕草も、温かい笑みを浮かべ受け入れてくれたから良かったものの、露骨に嫌な顔をしたり冷淡な態度を取るようだったら、“あのご令嬢との結婚はやめておけ”とザックに進言するつもりだったんだろう。
すべては主人であるザックの為というわけだが、令嬢に対しては失礼という他ない。
リリー嬢に仕えるジェンナも、大切なご令嬢の人となりを疑われ、当たり前だが不快に感じたようだ。
「どうかお許しください、ジェンナ。ジャン=ジャックは俺を心配するあまり、あのような無礼な真似をしたんです。
それというのもこの俺が、まったく女性とは縁がないままこんな年になって、急に身の程知らずにも若い貴族のご令嬢と婚約なんてしたものですから、何か裏があるのではないかと疑っているようで」
情けない諸事情を自ら語り、使用人の代わりに謝罪するザックに、ジェンナの心も少しは解れたようだ。
ふっと厳しかった目つきを緩め、軽く首を横に振る。
「私こそ使用人の身でありながら、言葉が過ぎました。
ジャン=ジャックさんの主を思う気持ちはよくわかりますし、私だって逆の立場だったら同じようなことをしたかもしれません。だからどうぞ、謝らないでくださいまし。
……さあ、居間へ戻りましょうか。きっとお嬢様は、あなたのこと首を長くして待ってますわ」
そうであったら、とても嬉しいな、などと甘ったるいことを胸の内で思いつつ、ザックは頷く。
酒瓶を移して空になった箱を持ったジェンナと共に居間へ行くと、待っていたリリーとサーリア、そしてジャン=ジャックすらも、明るい笑顔で迎えてくれた。
「お帰りなさい、ザック様、ジェンナ」
客用のソファに座っていたリリーが一番に口を開き、立ち上がって駆け寄って来ると、ジェンナの前で止まった。
「ジェンナ、いまサーリアとお話ししていたんだけど、彼女もお子さんが三人いるんですって。
あなたの子供達よりは少し年下みたいだけれど」
楽しそうに報告してくる令嬢だが、口のきけないサーリアとどうやって話したのか?
サーリアは字が書けないから、筆談はできないだろうし……
ザックが抱いたこのつまらない疑念は、すぐに打ち払われることとなった。
「サーリア、あなたのお子さんて、女の子?男の子?それとも両方かしら」
振り返って自分のほうへ顔を向けたリリー嬢に、サーリアは指を動かして“女、二人、男、一人”と手話で表した。
まさかと思ったが、リリー嬢は頷いて、ジェンナへ目を戻す。
「女の子が二人と、男の子が一人ですって。あなたのところとは逆だわね」
「そうですね、うちは息子が二人と娘一人ですから。毎日、騒がしくて大変でしょう?」
ジェンナから問いかけられたサーリアが、また手指を動かすと、リリー嬢はその動きを読んでクスクスと笑う。
「三人とも、寝ている時と食べている時以外は口を閉じないで、ずーっとうるさくしてるんですって。
木の上の巣で親の帰りを待ってる雛鳥みたいだって」
「あら、うちとまったく一緒だ。どこの子も変わりませんねえ」
ありふれた世間話を楽しむ女性達だが、ザックとしてはこの状況はいくら驚いても足りない。
「リリー様、手話が解るんですか?」
目を丸くして訊ねるザックに、リリー嬢は事もなげにあっさりと頷いた。
「ええ、母から習いました。デッケンの領内に祖父が建てた戦傷者の方の為の長期治療を専門とした病院があるんですけど、よくそこへお手伝いに行ってたんです。
その病院にはサーリアみたいに声を失ったり耳の聞こえない方もたくさんいましたから、患者さん達と会話する為には手話が必須で。
私は勘が悪いから、なかなか覚えられなくて泣いたりしていたんですけど、習っておいて良かったですわ」
昔を懐かしみながら穏やかに語るリリー嬢を、ジャン=ジャックが目を細めて見つめている。
その眼差しは可愛い孫を眺める祖父のように温かく、さっき彼女を試そうとしていた時に瞳の奥に浮かんでいた、不審げな色はまったくない。
どうやらリリー嬢と話すうちに、抱いていた疑念や不信感は晴れたらしい。
そうとなれば、ご令嬢への態度について後で少し注意せねばと考えていたが、まあ本当に少しだけにしておこう。
「……あなたにはいつも驚かされますよ、リリー様。もちろん良い意味で」
「はい?」
我ながら拙い褒め方ではあったが、リリー嬢には伝わったらしい。
小首をかしげつつも、微笑んでくれている。
その顔を見ていると胸の辺りがじんわりと温かくなっていくのは、さっきこっそりと食べたジンジャークッキーの効能か、それとも………
共に暮らす日々がもうすぐやってくるということが、とても楽しみになっている自分に、ザックもリリーもまだ気づかぬまま、ゆっくりと時間は過ぎていった。




