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防衛戦②

 そうして移動してきたのは予期せずして町の南側……広大な畑のあたりだった。


 ロルカは大きな雲がゆったりと流れる青々とした空を見て唇を引き結ぶ。


 ――この空が夕日に染まって星が瞬いたら――虚無(ヴァニタス)が来てしまうんだ……。


 すると、立ち止まったシャルロが突き放すようにロルカの右手首を放して振り返った。


「もう一度聞く。自分が生きている意味が命を捨てることだって本気で言ってるの?」


 どこか泣き出しそうなシャルロに……けれどロルカの気持ちが揺らぐことはない。


「そうだよ」


「……そんなのッ! 死者に対する冒涜……生きている者の傲慢だよッ!」


 思いのほかキツい声音で怒鳴られ――ロルカは眉尻を下げた。


 命を粗末にするなと言われているのはわかる。


 ……けれど。


「じゃあ教えてくれ、シャルロ。なにもしていないのに襲われて命を亡くした人たちはどうなのかな? 冒涜だと俺を罵ると思うか?」


「――!」


 シャルロの双眸が大きく見開かれ、薄く開いた唇の隙間から空気が漏れる。


 ロルカは真っ正面から彼女を見詰め、視線を逸らすことなく淡々と続けた。


「俺たちは小さな森の小さな村でひっそりと生きてきただけ――それなのに俺だけが逃がされて、俺だけが生き残った――」


「…………え」


「なら生き残った俺はこの命を使って村を襲った奴らを糾弾すべきじゃないのかな? なにもしないで生きている意味ってなんだ? そいつらはまた別の人の命を奪うかもしれないのに……黙っていることが正解なのか?」


「それ――は……」


「君はそれを許すのか? シャルロ」


「――」


 言葉をなくしたシャルロから、小さくカチカチと音がする。


 震える体に己の歯が噛み合わず音を立てているのだ――そうシャルロ自身が気付いたときには、ロルカは視線を外して畑を見ていた。


 シャルロは動くことができずに、浅く速い呼吸を繰り返し震える体を両腕で掻き抱く。



 ――そんな。まさか。ロルカは……あの村の……?



 ロルカがいつのことを話しているのかシャルロにはわからない。


 ロルカの村がどこなのかもわからない。


 けれどシャルロはどうしても考えずにいられなかった。



 ――私が狩るはずだった神繭(カムンマユラ)、なの?



 いつのまにか喉がひゅうひゅうと荒い音を立てている。


『生きていることができなかった人だっているのに』――自分がロルカに投げた言葉がそのまま弧を描いて舞い戻り、心をズタズタに引き裂いたかのようだった。


 シャルロたち繭狩りは――狩ったのだ。


 生きていることができたかもしれない人間を。


「……言い過ぎた。ごめんシャルロ、大丈夫か?」


 彼女の様子が変だと気付いたロルカが躊躇いがちに手を伸ばす。



「……ッ!」



 瞬間、シャルロは反射的にその手を払い除け、ぶんぶんと首を振った。


「さ……触らないでッ! わ、私は――!」


「…………」


 ロルカは払われた手を驚いたように見詰め、次いで翠色の大きな目を伏せる。


 蒼く艶めく黒髪がさらりと揺れたのが眼に映り、シャルロは弾かれたように踵を返した。


 ――見たくない。聞きたくない。


 そう思って逃げるように……いや、実際に逃げ出したシャルロを……ロルカは追わない。


「……怒られた、な」


 彼女は優しい。だから自分から命を捨てる行為を見過ごせなかったのかもしれない。


 そう考えたロルカは、まだ少し痛みの余韻が残る手を……そっと握った。



******



 夜の帳が下りていく……その時間。


 ロルカは湯を浴びようとするニーアスに声をかけた。


「ニーアス、俺ちょっと散歩してくるよ」


「は? 散歩って……」


 ニーアスは心底呆れた顔をして人さし指をロルカの鼻先に突き付ける。


「お前、追われてんだからな? わかってんのか?」


「……うん。わかってる」


「――へぇ。ならいいぜ、遅くなるなよ」


「え、いいの?」


「んだよ、引き留めてほしいのか? 意外と面倒臭いなお前」


「そうじゃないけど……」


 本当に掴み所のない性格だなと考えながらロルカは少しだけ笑ってしまった。


「……ありがとう。行ってくる」


「…………」


 部屋を出ていくロルカを無言で見送り……ニーアスは静かに紅色の瞳を光らせる。


 まるで、抜け目のない狡猾な獣のように――。


こんばんは!

いつもありがとうございます。

本日夜もよろしくお願いします。


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